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序章-1

友梨菜の体に巻き付けられた自由を奪うための縄、その端を握る千咲の手は微かに震えている。刑務官になって1年少々初めて自身が担当として本格的に受刑者に関わるとき、刑務官にとっては大きな節目でなり、記念すべきその対象になるのが今日この拘置所に収監された友梨菜という受刑者である。数日前に友梨菜の身上経歴書を目にしたが多くのここにやってくる入所者と違うことは明確だった。年齢は23なので自分より少し下だがほぼ同世代といっていいだろう。罪名が自動車運転致死、前科は全く見当たらず、今はA女子大学の学生で休学中とある。休学ということは刑期を終えた後に復学することを前提としているのか。このA女子大学、千咲にとっては大学受験で失敗したところであり、千咲の出身校であるB女子大学より偏差値は高く世間のイメージも良い。その大学の学生がこれから受刑者になるのか。通常、拘置所にやってくる入所者は警察の留置場から送られてくるためその時点で作成された調書や写真などでどのような人物かを考え何らかのトラブルが予想されれば注意事項が伝達されるのであるが、友梨菜は事故後も逮捕されず、自宅での生活をしながら裁判を受けていたようである。つまりこうした環境自体が全く初めて、先輩の佑佳子からは一番扱いやすいと思うからと言われたがどのように接すればよいのか。先ほど検察庁で対面した際も家族と涙を流して抱き合う姿を見ると居た堪れなくなってしまい、訓練でなんどもしたはずの手錠や腰縄を施す作業もうまくできなかった。警察からの送られる入所者と違い身体や所持品のチェックを受けるのが初めてだから入念に調べるようにと佑佳子からの指導があり、大きなボストンバッグに詰まった友梨菜の私物を1つ1つ調べて手書きでリストを作成するという作業を先ほど漸く終えた。衣服についてはシミや汚れがあればその旨も備考欄にしっかり記載するようにとの指導があり、生理による下着の汚れまで書くのは自分が同じことをされたらと思うとどうしても抵抗があったが、佑佳子によれば細かくしっかり書くのは管理責任を問われるのを防ぐためだという。手間がかかると同時に1つ1つの友梨菜の所持品にストーリーがあるはず、リクルートスーツやぬいぐるみを見るとどうしても目の前にいる友梨菜のこれまでの暮らしが想像させられ大切に扱おうという気持ちになる。その一方で研修では受刑者が激しく抵抗する場合は衣服を破っての制圧についてもやらされたのであるが、友梨菜は涙をずっと流し手を震わせていたものの千咲に抵抗する様子は全く見せず、口の中など体の細部の検査にも素直に応じていた。そして一連の新入調が終わると女区の既決囚用の房があるエリアまで、決められた大回りのルートで移動していく。受刑者を連行するときは拘置所の詳しい構造を知られないため意図的に遠回りで移動するルートが複数設定されているからである。

更新日:2023-03-30 02:38:30

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