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癒しは誰にでも必要

宇宙船の中にはミラージュと呼ばれる部屋が設けられていて、そこではそれぞれの星の環境を体験できるようになっていた。
パドラスは離れてきた地球が懐かしく、ちょくちょくそこへ通っては地球体験をしていた。

“パドラスさん、こんにちは。
今日はどこの星へ行くつもりですか?
ミラージュの入り口のところで、ばったり出会った紫の星のヴィーナが聞いた。

“あの実は地球です”と答えながら、パドラスはちょっと気まずい思いをした。
なぜならミラージュは他の星がどんなかを知るためのものであり、自分の故郷を懐かしむためではないからだ。

“それはちょうど良かったわ。
私も地球に行ってみようと思っていたのです。
ご一緒させていただいてもいいですか”
パドラスは本当は一人で想いに浸りたいと思っていたのだが、断れずに“かまいませんよ”と答えた。

“この入り口の戸を開けるのには、確か呪文を唱えなければならなかったのよね。
何だったかしらアブダカダブラじゃないし。。。”
“開けゴマですよ”
“ああそうだったわ”
そこで二人は声をそろえて“開けゴマ”と言った。
すると壁にぽっかりと穴が開いて、二人は中に吸い込まれた。
“あら、面白い、本当に魔法みたいね”
ヴィーナは子供のようにはしゃいで言った。

パドラスが“地球”と言うと、さわやかな風が吹き始めて、頭上には青空が広がり、白い綿雲が流れていった。
大きな木の下には柔らかな草がそよ風になびき、小鳥の囀りとともにあちらこちらに花が咲き始めた。
太陽の光が地面に届いてキラめきながら揺れていた。

“まあなんてステキなのでしょう”
ヴィーナは感嘆して両手を胸の前で合わせた。
“あそこの木陰に座りましょう”
パドラスはヴィーナの手を取って木陰に座らせた。
“本当に美しい星なのね。
こんなところに住めるなんてうらやましいわ。
私の星も悪くはないけれど、ここはいわゆる天国に近いと思うわ”

“あなたも地球のことをほめてくれるんですね。
宇宙では地球はまれな美しい星だと評判のようです。
でも残念なことに、ほとんどの地球人はそういう風には思っていないのです。
自分の星の良さを知らないというか、これが当り前だと思っているんですね”
“それは地球人だけじゃなくてどの星の人たちもそうかもしれないわ。
私も自分の星を離れてから、故郷の良さが良く解りましたもの。
今は自分の星が懐かしくていとおしくてしかたがないのよ。
だからどきどきここへきて故郷を体験して涙ぐむのです”

“えっ、あなたもですか?
それを聞いてなんだか安心したな。
でもあの。。。その。。。宇宙人でもそんな感情があるんですね。”
“当り前じゃないの。
宇宙人だって人間ですからね。
特に肉体を持っているときは、感情はとても大事なのです。
感情を通して学んだり、気づいたりするのですから。
感じ方はそれぞれの星によって、というよりも意識の差によって違ってきますけれどね”

そしてヴィーナはパドラスの眼をのぞき込んだ。
”あなたは地球が恋しくてしかたがないんでしょう?
ずいぶん長くいたのですもの、恋しがるのは当たり前ですよ。
あなたはここにきて自分を癒しているのです。
癒しは次のステージに移るために大切なのですよ”

ヴィーナのやさしさにパドラスは心が和らぐのを感じた。
考えてみれば、地球での生活はずいぶんと波乱万丈だったのだ。
今こうしてくつろいでいると、千年間に起きた戦争や天災を生き抜くために、身に付いてしまった重たい鎧のようなものが溶けてゆくような気がした。
きっと、今はその疲れと痛みを癒すための時間なのだろう。








更新日:2023-03-21 12:36:29

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