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こんなお話はいかがですか「南十字星」

挿絵 596*348

「溶けたアイスが手首を伝う」で始まり「静かで優しい夜だった」で終わります。



溶けたアイスが手首を伝う

彼はこちらを見ること無くニヤニヤしながら
「あ~ぁ、わたしの顔に見惚れてるから溶けちゃったんだね」
どう返すべきか言葉に詰まる。あの顔・・・なんかムカつく。
彼が嬉しそうに投げかけた言葉を無視し、残ったアイスを黙々と食べる。

オレは南十字星を見たいが為に、ここ石垣島に来ていた。
このロッジは南十字星がデッキから見れるのが売りだと知りウキウキがとまらない。
小さい頃から一度は見たいと夢見てた事が現実にこれから起こるのだと嬉しくて
ここに来られた事に感謝し、時間になるまでゆっくり過ごしたい・・・えっ!
彼を見るとガリガリとアイスバーを噛み砕いている。どんな歯だよ!
手を洗いにキッチンへ行くと、彼がヘラヘラしながらこちらを見てる。

「なんだよ~!」
「いや、可愛いなと思って」
「はずいこと言うなよ」

すぐ女の子みたいだとか可愛いっていう彼。人がいてもお構いなしだ。
そういうお国柄なんだとスルーされ、誰も気にしてはいなかったようだが。

そんな彼を意識しだしたのはいつの頃だったのか。
最初は気の合う仲のよい同級生。
それでも挨拶代わりのハグされた時はドギマギしたのを憶えている。
後に聞いた話だが、普段からハグはしないらしい。
彼からの告白もふざけてると思い、怒りが込みあげ
「どういうつもり」と聞いてしまった。
「は?どうもこうも好きだって言っただけ」
「・・・あっそう。ありがとう。じゃ、帰るわ」
彼は『え?なんで』と言いながら自転車を押しながら追いかけてくる。
直ぐにドラマのような事故があって、彼のスーパーマンばりの行動に
オレは早くも撃沈した。
が、素直に自分の気持ちを伝えることはできなかった。
月日が経ち、彼の笑ってる顔、声、全てを自分だけのものにしたい。
そんな感情が芽生え、止められないところまできていた。
欲しいと思ったものがこんなに直ぐ傍で両手を広げて待っていてくれるのに。

そんな地獄のような日々を悪友が救ってくれた。
苦しんでいるオレを見かねて素直になれと。認めろと。
大切だからこそあいつの目を見て、どれだけ大きな存在かを言ってやれと。
一週間ほど前、部屋から南十字星が見える場所を探した。
探したというか、悪友が『石垣島のこのコテージなら水平線上に
南十字星が綺麗に見られるはずだから逃避行しておいで。と笑った。
誰にもバレないようにね。もし顔バレしたら3人で来るはずだった事を説明して。
気が緩んで生配信に遅刻しないようにね』と俺の背中を押してくれた。
ふっ・・・遅刻をするのはどっちなんだか。でも有り難かった。

大きな存在の彼、気長にオレの方から甘えてくるのを待ってる。
決して焦らしてたわけでは無い。
だからと言って、急に猫なで声で迫るようなことは性格上無理。
どう彼に告げればいいのか迷ったあげく、ストレートに誘ってみた。
「今度の連休、南十字星を見に石垣島に・・・二人だけで行かない?」
「・・・い、行く!絶対に行く。やった!」
神に感謝してる彼を見て気づいた。
ずっとオレからの誘いを待ってたんだ。何年も。

「そろそろデッキに出ようか。サンベッドもあるしね・・・ムフっ♡」
「そのムフ♡って何なんだよ。そもそも星を見にきたんだから」
「え~!・・・一緒に寝っ転がる?それとも」
「あんな狭いベッドに一緒は無理だろ」
「ん~残念!」
「それよりお酒飲む?ワインとか」
「・・・シャンパンがあったよね」
そういえば、悪友が持たせてくれたのがあったな。
冷蔵庫から冷えた瓶を取り出す。
「へ~。いいシャンパンだね」
彼はグラスを持って先にデッキへ出る。
「うわ!見て!凄い星だよ。早く来て!」
急かす彼の声にドキドキが止まらない。って、オレは乙女か!
部屋の電気を消しデッキに出ると、言葉にできないほどの煌めきと
今にも降ってきそうな星・星・星。
感動という言葉すら陳腐に思えた。
これが見たかった。これを彼と一緒に見たかった。

グラスにシャンパンを注ぎ二人だけの乾杯。

異国のようなこの空気感とどこまでも見渡せる天空に胸がいっぱいになる。
こんなにも幸せを肌で感じたのは初めてかもしれない。
何にも代えがたいこの時間を、二人だけの時間を大切にしたい。
ここに来て良かった。

「あ!南十字星!本当に日本で見れるんだ。すげぇな!・・・ん?どうした。もしかして・・・泣いてる?」
「わかんないけど・・・ごめん。今が一番幸せだなって・・・」

近づいてくる気配
顔を上げると温かい手のひらがオレの両頬を包む。
驚いたことにその手は微かに震えていた。
息づかいが耳元で感じられるほど近い・・・

「I'm happy too.」


静かで優しい夜だった

更新日:2023-01-29 07:58:52

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