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no title

 俺は桃から生まれた。本当の親が誰かはわからない。川を桃の中に懐胎して流されていた。老いた女が桃を見つけて俺を家に連れ帰った。果実の内側に刃が切れ込んでくるのが見えた。俺は身を翻してそれを避けた。奴らは俺を殺す気だったのだろうか。中から現れた俺を老いた男女は抱きかかえた。俺はその老いた男女に育まれた。
 いつの頃だったか、俺は鬼を殲滅する人間なのだ、と教え込まれた。あらゆる戦闘に対する訓練と知識を、老いた男から叩き込まれた。
 十歳の時、鬼を倒すための装備を与えられた。鎧、刀、名を示す旗。俺は刀の切れ味を試した。まず老いた女を斬った。老いた女は目を見開いたまま絶命した。次いで老いた男に刃を向けた。
 しばらくは老いた男女の家にあった野菜や干した魚を食った。尽きると老いた男女の死骸を貪った。何も食う物が無くなって俺は家を出た。
 町に出る道中は腹を空かせていた。畑の野菜を食っては腹の虫を慰めた。ある日、大根をかじっていると農民の男がやって来て、いきなり拳を俺の頭部に叩きつけてきた。男は泥棒め、と言った。俺は刀を振り抜いて殺した。
 町では至る所に鬼退治の有志を求める張り紙があった。鬼を退治した者には一生涯に渡って食うに困らない生活と財力を与える、と。
 俺は鬼が住む、鬼ヶ島についてあらゆることを調べ、道行く人々、鬼ヶ島に渡って帰った者に話を聞いた。鬼ヶ島まではさほど遠くはないが、島に住む鬼の数は子鬼を含めて約500人あまりということ、鬼退治に向かって帰って来た人間はわずかだということ、など。

 鬼ヶ島に出向くにあたって海岸に出向く際、犬、キジ、サルを団子で誘って殺し、肉をさばいて干し肉にした。海岸では小舟を有する漁師を小刀で脅し、鬼ヶ島へ案内させることにした。陸地が見なくなって漁師が帰らせて欲しいと懇願したが俺は許さなかった。それでも漁師は反抗する態度を見せた。ちょうど鬼ヶ島の姿が見えたころだった。俺は漁師を斬った。漁師の死骸を海に捨てた。
 海岸には誰もいなかった。俺は舟から降り、周囲を警戒しながら歩いた。遠くに三人の鬼の姿があった。小さな子鬼が二人、大人の鬼が一人いた。皆、人間と同じように着物を着ていた。子鬼たちは毬を蹴って海岸で遊んでいた。大人の鬼は海岸の奥手にある木陰に腰を下ろして子鬼たちを眺めていた。俺は身を潜めて様子を窺った。聞いていたような鬼の姿ではなかった。赤、青、などの肌色をしていなければ角もない。見るからにそれは人間だった。俺は気配を悟られないように茂った木々の中を歩いた。と、子鬼が蹴った毬が風に流されるように俺の目の前まで転がって来た。子鬼二人が走って来た。俺は茂みから飛び出した。子鬼の一人が振り向いた瞬間、俺は刀を振り抜いた。もう一人の子鬼も声を発する間もなく一振りで絶命させた。傍らに転がる毬を掴み、茂みの奥へ投げた。俺は大人の鬼の方を見た。さっきまでと何ら変わらず、木陰に座って海をぼんやり眺めていた。俺は茂みを伝って大人の鬼の背後に回った。大人の鬼は見るからには人間の女の姿をしていた。俺は息を潜め背後から小刀を首に回した。鬼の住処に案内しろ、と脅した。鬼の女は震えていた。俺は女の手を後ろ手に縛り、小刀を背に突きつけ、鬼の住む集落に向かった。道中は開けた道を避けて獣道を歩いた。女は子鬼のことをしきりに聞いて来たが俺は答えなかった。
 女の姿形は鬼とはいえ、その姿は人間の女そのものだった。薄いが質の良い着物を身に纏い、長く黒く艶やかな髪を下ろしていた。肌はきめ細かく白く、身体は関節が目立たず丸みを帯びていて柔らかな印象を受ける。指先は華奢で細く長かった。鬼も人間と同じように子を産むのだろうか、その尻は豊満に張り、足を前に踏み出す度にその肉感が着物の生地を漲らせていた。

更新日:2023-03-05 09:01:50

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