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第7話「もう一人の家族」

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 クミが生まれる二十年以上前――
遠く名もなき村に一人の幼い少女が住んでいた。村はとても貧しく人々は飢餓にあえいでいた。貧すれば鈍するとはよくいったものでこの村ではみな精神的に余裕がなくギスギスしており、争いが絶えなかった。収穫できた作物や資源をめぐって村人たちは生きるために必死に奪い合い、傷つけあい殺しあっていた。
 少女の両親もまた自分たち家族が食べていくために日々通りすがりの商人たちから略奪を繰り返し、なんとか生計を立てていた。だがいつまでもそんな生活が続くはずもなく、ある日両親は役人につかまり、再起不能になるまで痛めつけられてしまった。
 そして少女も拘束され、しばらく何も与えられず、両手を天井から吊り下げられた鎖につながれ、拘束されていた。それから数週間が経過し少女はやせ細り、手錠された手首から化膿していき全身に広がっていった。着せられた服はところどころ穴が開いており、尿や糞便も足元に垂れ流しだったために鼻を突くような悪臭を放っていた。
 少女のまわりにはウジやハエ、ネズミがたかっていた。
 少女の瞳はうつろであり、ほとんど生気を失っていた。
少女の意識が失われていきつつあるとき一筋のエメラルドの光が少女の体を温かく包み込んだ。
 エメラルドの光は少女の化膿した皮膚を少しずつ治していき、敗血症を食い止め少女の命を取り留めた。そして持ってきたきれいな綿のタオルで少女の体を覆った。
「辛かったわね。もう大丈夫よ」
ストレートに長く伸びたエメラルド髪をポニーテールのように結び、天地を揺るがすほどのすさまじい魔力を持った魔導師であり、ぱっちりとした吊り目をしていた。
凛として美しい大人の女性だった。
「お姉ちゃん……だれ」
「私の名前はリナよ」
「リナ……お姉ちゃん」
 少女はその女性の背後にもう一人いることに気づいた。そしてもう一人はカールされたエメラルド髪、おでこにエメラルドのティアラをしており、きゃしゃで小柄ながら艶めかしい少女リカだった。
「さあ、行きましょう、私達と一緒に」
「でも……」
「私たちが守ってあげる、必ずね」
 リナは素手で音をたてず、手錠を軽々と握りつぶし、少女を自由にした。
 厳格でしかめっ面をしていた刑務所の役人たちもリカを見た瞬間頬を紅潮させ、目をへの字にして鼻の下を伸ばし、よだれを垂らし始めた。
 リカは空間全体を不気味な虹色のホログラム調に変えて刑務所の人たちに幻惑魔法をかけた。男たちは軍事服を脱ぎ始めた。そして奇声をあげて鼻血を出しながら牢屋の近くにある柱に抱きつき、チュウチュウとキスをはじめた。
 どうやら柱を裸になったリカと勘違いしているらしい。
「おおおう、かわいい、俺の女にしてやる!」
刑務所の役人たちはあたかもリカとセックスしているかのような感覚に包まれ、悦に浸った。
「いっぱい気持ちよくしてあげるから勘弁してね」
 リカは両手から豆粒状の魔法シードを百個ほど放ち、男たちから魔法力を吸い取った。
 リカはクスクスを笑いながら、横目で彼らに注意を払いつつ、少女とリナに最短で出られる通路を示した。リナは少女を抱きながら途中鉢合わせた役人たちをかき分け、出口に向かい全力で走り抜けていった。リカは三人に気づき、追って来る者たちにトリック魔法をかけて足止めした。
 追っ手たちはあたかもローションの中に閉じ込められたような感覚に襲われた。息はできるが体が思うように動かない。魔法の詠唱もできず、空中で手足をパタパタさせながら三人が逃げていくのを悔しがって見ているしかなかった。
 

更新日:2023-04-12 23:41:58

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