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第15話「命のバトン」

  1

 気付くとクミは不思議な場所にいた。どこまでも広がる花畑、七色に輝く広大な河川。どこまでもつづく空には虹がかかっておりほんのりとした風がクミの髪を優しくなびかせた。
 ここはどこだろう――
 先ほどまで自分はクロユリ地下壕でリウスを救うためにシオリ・カモミールの姿をした由里の器と戦っていた。
 サファイアの天使と呼ばれ、世界の希望と言われて十二年
 人々には根拠のない自信に満ちた表情を装い、「私がなんとかしてみせる」と大口をたたいておきながら何もできず散っていった自分
 だが結局自分は何もできなかった。誰も救えなかった。同じ由里の器でありながらもう一人の器レディナスには天と地ほどの力の差を見せつけられ敗北した。
 情けない、そしてあまりにも不甲斐ない――
 悲しくて悔しくて目も当てられない。何も使命を果たせず自分の人生は終わってしまった。
「ごめん……私、弱すぎた」
クミは涙を流しあたりを見渡しながらゆっくりと歩き始めた。
 
 やがてどこまでも広がっていると思われる草原にも終わりが見えた。その端まで来るとそこには大きな川が広がっていた。
“ クミ、そこでとまれ ”
 目の前には茶色の髪、口髭、顎髭をした一人の男性の姿があった。クマのように豪快にひげを伸ばした野性的な男
 彼は優しそうな瞳で彼女を見た。
「あなたは?」
「私はクスベンだ。クミの父親だ」
「お父さん……」
 恍惚としてクミは魅入るように父を見た。
「クミ、大きくなったな」
「うん。でも大人になってすぐに死んじゃった。ごめんなさい。お父さん、私、なにもできなかった。大切な人も誰一人として守れなかった。お父さんやお母さんにたくさん期待されていたのにその期待に応えることができなかった。ごめんなさい!」
「そんなことない。お前はよく頑張った。よく……頑張ったよ。君はまだ死んでいない。今、君は死の瀬戸際にある。強い意志があれば君はもう一度あの世界に戻れる」
「本当なの?」
「ああ、本当だ。マユミに聞いたかもしれないが前世の君は志半ばで愛する家族と仲間を残し、人生を終えてしまった。クミ、久しく美しく生きてほしいという意味から私は新しい名前をつけた。現世では自分の使命を果たし、愛する家族に囲まれながら人生の最後を迎えてほしい。前世の君ができなかったことを現世で叶えてほしいんだ」
 クスベンは虹色に輝く川の上を歩きクミにそっと駆け寄っていき、川辺に立つ自分の半分の背丈しかないクミをそっと抱きしめた。母とは違う温もり。
 抱きしめられたことによりクミの中でたまっていた。
「お父さん、ありがとう。私、もう一度頑張る。そして必ず勝ってくる」
「ああ……クミならば何でもできるさ」
 クスベンがそういった瞬間、あたりの景色が消えていき、クミは白色の光に包まれた。

更新日:2023-10-18 21:46:57

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