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黎明の追憶

都の知神殿街の最北、マギ家のテラスのテーブルに、今宵5人の男が顔を並べていた。中央には千年王国国王側近オーガ、その右に神官長ロクス、そして知神殿長ソフォス。左にはマギ家頭首カルドスと、もう1人、中年の魔導師が掛けている。テーブルには星図が置かれていた。

オーガは王宮とは違い、薄紫の襞衣を纏い髪も結い上げているが、その瞳には王宮での厳格に更に環を掛けた憂鬱が表れていた。ロクスも普段着のチュニックでーーといっても、この神官長は公務以外で聖衣を身に着けることはまずないのだがーー強張った顔で星図を見つめている。ところで、神官長と違い、平素から外出する時は聖垂を外すことのないソフォスまでもが、今日は平服だった。苔色のトーガが、元来痩せぎすの知神殿長を酷く老いた風に見せる。

沈黙の内に星図を眺める王宮人らを、カルドスは緊張した面持ちで見守る。まず口を開いたのは魔導師だった。宮廷魔術師トゥト=ティシュベ…流亡ジェルス人の末裔でウシルの血を引き、アルカディアで教養を身に就けた…天性の魔術師で、宮廷に喚ばれる以前は魔学院で天文学を修めていた男だ。知才共に宮廷魔術師の頂点を極めながら野心がなく、首座には名を連ねない…が、非常に誇り高く、神殿を敵視する傾向がある。今も、その端正な顔にこそ何の表情も見せてはいないが、内心では神殿の長たちの鼻を明かしてやろうと息巻いているに違いない。星図を指し示し、一同を見回す。

「これが、何であるか…お解かりでしょうか」
「先月の…流星夜の星図、でしょうか?」
「如何にも」

怯々と答えたロクスに、トゥトは頷く。

「今宵、皆様にお集まり戴いたのは、この星図の表す兆しについて、御報告致したき儀をもちましたる故、にございます」

…とはいえ、トゥトがカルドスに会談を求めたのはオーガであり、神官たちを呼んだのはオーガの判断である。トゥトは続けた。

「私の所見を申し上げる前に、皆様の御意見をお聞かせ願いたい。まずは…神官長様より」

(…そう来たか)

早速、牙を剥いたトゥトに、オーガは苦笑する…が、止めはしなかった。ここに居並ぶのは都の要にある識者たち、彼らの前に解りきった事実を述べることは非礼に値するというのがトゥトの流儀であり、仮令間違いを口にしたところでトゥトは批判もしなければ嘲いもしない…それも、トゥトの流儀だからである。ただ、最初にロクスに振るところが皮肉なだけである…この場で最も、天文学的知識のないロクスに。侮辱される訳ではない、と分かっていながらも、ロクスは口篭る。

「そう…ですね。先に申し上げておきますが、恥ずかしながら、私は天道には疎いもので…的外れなことを申します、遠慮なくお笑い下さいませ。あの夜、天に顕れたのは正しく凶星…然様なことは申すまでもございませんでしょう。ですが…天道を離れた私見でありますが、私にはあの流星雨は波濤と見えましてございます。1つの時代を飲み込むような、時の流れです」

怪訝そうな顔をしたトゥトに、オーガが小声で伝える。

「…神官長殿は、夢の話をなされているのだ」
「夢?」

眉を寄せ…その直後、トゥトの目から敵意が消え、興味深げにロクスに目を戻す。

「何と!神官長殿には、“先見の目”がおありか!?」
「え…?えぇ、それは…その…少しだけ…」
「これは何と!いや、“先見”をお持ちの方に、愚かなことを問いました、御無礼、お許し下されませ…して、その予知夢とは?詳しくお聞かせ願えませぬか?」

ソフォスが咳払いする…神官の予知夢は、公言を禁じられているのだ。誤解によって世を騒がせかねないからである。しかし、オーガは手でソフォスを止める仕草をした。それを見、ロクスは頷いて語り出した。

「皆様、これより私が語りますことは、何卒他言無用に願います。夢の中で…夢の中でも、私は星空を見上げておりました。天には神々の世が映し出され…そして、星が流れました。すると神々の姿は消え、巨人の世が現れました。また星が流れると、賢者の世に…斯様なことが繰り返され、幾千の星が流れました…私は気づかなかったのです、それを見上げる私に、夜空が迫っていることに」

更新日:2023-01-28 17:37:08

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