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呪縛を振り解き、跳ね起きる。その時、漸くそれが夢だと気づいた。荒い呼吸を抑えて、目覚めに安堵する。だが、我を取り返すには及ばず…窓から挿す陽は穏かに、揺れる葉に照り返る光が朝を教える。そよぐ風の音、木々の香…そして純白の掛布を掴む自分の手…現実が戻って来る。ここは東の深き森、心優しき魔女たちの館。陰鬱な回想とは似つかぬ安らかな部屋。開放感より、夢現の相反に眉間が痛んだ。苛立ちを祓うように息を吐き、首筋を抱える…じっとりと、寝汗に濡れていた。

「久しいな…ここ暫く、忘れていたというのに…」

昔の話だ、と自嘲する。それでも未だ怯える己が、可笑しかった。いや、それは赦されることではない。振り捨てた過去、帰り得ぬ地、取り戻せない時間…そんなものに拘っては生きられない。虚しき追憶に耽る余裕などない、それが自ら選んだ道なのだから。疾うに割り切ったこと…安座できる場所など、求めはすまいと。だからこそ尚の事、不可解な…何故、今更思い出したのか、遠い記憶を…

「そうか…彼女の…」

不意に、得心した。あんな夢を見たのも、それを哂えるのも、彼女…即ち、この館の主の故であると。無条件の癒し、思いがけず賜ったその恩恵が、張り詰めた神経に隙を許してしまったのかも知れない。荒涼の旅路に見出した寄す処、しかし所詮は通り過ぎるだけの…一片の蜃気楼。脇に掛けた布で汗を拭い、寝台を下りる。そして再び息を吐き…それは、必ずしも言葉と容れ合わない、和やかな微笑に伴われていた

…旅立ちの朝。それは一時の安息の終焉…

更新日:2023-01-21 19:12:22

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