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深更の幽門

薄暗がりの廊下を歩いていた。ただ独り…

――ここは、何処だ――

霊廟の如き冷冽を湛える場所。心の弱い者であれば、踏み入れただけで己の存在に許しを請うであろうほどの寂寞の中を、恐れ気もなく進む。そこに祀られるものが何であるかも知らぬままに…そう、これが廟であるならば、鎮座ますは人ではあるまい。例うならば、忘れられし幾多の神の墓所か…見下ろす石柱の厳粛に、彼は目を細めた。

――…あぁ、憶えているぞ、この廊…そうだ、この奥だ。あそこに…――

しかし、ここは一体如何な場所であるのか?思い出せない…いや、思い出そうとも思わない。その先に、目指すものがあるということ。それだけが、彼を突き動かしていた。変化なく続く、長い道の向こうへと…

やがて辿り着いたのは、重厚な扉。古代の神話にも似た図章を描く浮き彫りは、至聖所の口を思わせる。ある種の期待を抱え、それに手を掛ける。だが同時に、何かを懼れる声をも、その胸には響いていた。けれど…最早、何者をも恐れはしないと、そう誓った筈…思い切り開けた扉、その光景に、凍りつく。後悔しても、もう間に合わない。これは、決して触れてはならぬ記憶、奥底に自ら封じた物。

そこに佇む少年が、顔を上げる。物言いたげに、唇を震わせ…

「やめろ…言うな、その言葉は…!」

更新日:2023-01-21 19:09:09

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