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「…そして、街の人々の力を借りて施術院は改築された。聖地教会も彼女を聖女と認め、その地の司教座に据え、港の借家は教会として建て直され…聖女はそこで神の業を行い、信心深い人々と共に、末永く幸せに暮らしました。とさ…」

『大娼楼』の一室、御伽噺を語る声…寝台に身を横たえるのは、遥か東方の貴衣。物語は、その唇から紡がれていた。夜を映す銀の糸が白磁の面に掛かる…異才の彫師の刻みし愁眉、陸離を翳らす睫の陰舞、晩鐘を匂わせる音吐の源には柘榴でも適うまい花吻の紅…現世の全てが色褪せる程の香気高い麗人だ。その脇には、少女が座している。年の頃は12,3、短く切り込んだ朱の髪の縁取る幼げな桃実の頬に、際立って映える黒曜の瞳が、未開花の性を何処となく禁欲的に魅せる…だが、この場には相応しからぬ鎧姿で、背にはその手に余ろう程の大剣を背負っている。鼓動する赤き宝珠が、白銀製の胸当ての上で煌く。その輝きに負けぬ好奇の光を眼差しに湛え、少女は麗人に詰め寄った。

「それで…?終わりなのか?」
「聖女の説教に胸打たれたアルカディアの彫刻家が、施術院の門壁に彼女の姿を浮き彫りにしてね。どんな図柄かというと…」
「どんな絵だ?」
「まずは祈りを捧げる聖女、傍らに漆黒の剣を携えて彼女を守る天使…彼等の向く先には、堕落した権威者と聖職者が、魔獣の背に乗る悪魔に引かれて行く…そんな絵だよ」

麗人が口を閉ざす。と、それまで幼さを全面に出していた少女の顔から、喜色が醒める。

「…つまんない」
「そうかい?」
「そうだよ。だって…作り話だろ?お前の話はいつもそうだ、どれもこれも子供騙しの…厭きたよ」
「そんなことはないよ…セラってば、夢がなさ過ぎる。若いのに…」
「子供だ、って言いたいんだろ。はっきり言えばいい」

セラ、と呼ばれた少女は、寝台を下りて扉へ向かった。麗人はその背に手を伸べ…届かぬことを嘆くように、呟いた。

「セラ…何処へ?」
「…『閻武局』。そろそろ新しい依頼が入ってる頃だから」

『閻武局』とは、私営の術戦士結社の依頼窓口であり、《沼》には幾らでもある種類の店の名である。麗人は溜息を吐いた。

「あんな所へ行くのは…おやめよ、何が不満なの?」
「不満なんじゃない。私は…私である為に、足りないものを、探してる…それだけだ」

セラは部屋を後にした。麗人は、呆れたように身を起こした。

「全く…“あの子”みたいな口を利いてくれるもんじゃないか…」

そう言って上げた視線の先…奥の卓上に置かれた水晶の中で、悪魔が笑ったように見えた。

更新日:2023-01-14 18:43:52

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