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異教の聖女
アルカディアより東へ行く道、ノスタンティアより海を渡り、辿り着いたはキェルクの港…遠きは都、ここは東大陸の端。威勢のいい船乗りたちの声と、旅行者を相手に商売人が手招く薄暮れの街の広場で、若者は人々の一団を眺めていた。“裁定者”エンキ…今宵彼は、船賃に路銀も尽きた宿なしの身である。それでも急ぎ来た理由を思い出せば、石の寝床も空腹も気にはならない。
エンキが眺める先には、白い頭巾の女たちがいる。クトゥ教徒だ…嘗て、西の小村で見たことがある、同じ出で立ちの娘…だが、記憶に浸るというより、怪訝にその目が据わる…彼女らを率いる女性に。個人の信仰に興味はない、だが、その女性は…清廉を描けばそのようであろうとも思われる爽やかな眉目、穏やかな微笑、そしてその瞳の中で、真心より祈りを捧げる人々…信心はなくとも、心動かされる光景である。が、エンキの面に浮かぶのは、寧ろ疑念に似ていた。見れば見るほど、それは不可思議な姿で…その視線の更に先、路地から娘が出てくる。貴族娘だろうか、一見して安価ならぬ衣装の胸に何かを抱えて、何やら嬉しそうに路地の奥を振り返り、頭を下げて立ち去った。目を凝らせば、娘の出て来た路地の口に黒羽で“運命”の絵札が打ちつけてあった。奇妙な予感に捕らわれ、エンキはその路地に足を向けた。
路地の奥…斯くの如き場所は、時折如何わしい生業の人間の仮住処に変身する。案の定、今日もそこには占い道具や護符の並んだ即席の店が出来ていた。影の中、その物売りを見下ろし…
「…邪術師…」
「はぇ?…おぉっ、こりゃお懐かしい!黒服さんじゃないかね!!」
顔を上げた邪術師の顔が輝く。立ち上がり、エンキの手を取る。
「お元気そうで!いやぁ、どうなったかと気に掛けとったんよ?」
「…懐かしい?何が…」
エンキは思わず邪術師の襟を掴み上げる。が、それにも慣れた様子で、邪術師はエンキを押えた。
「まぁ、あんたの方からしたらそうかも知れんけどなぁ」
「尾行て来たのか?」
「はぇ?あぁ、そりゃ大した言い掛かりだこって…俺は昨日からここにおるんよ」
「先程の娘に何を?」
「そりゃ秘密、売りモンについちゃ口外無用がまじない師の決め事ッすから」
「言えぬような物、か?」
「違うて、お相手さんの相談事をさ、喋っちゃ商売上がったり…信用第一ッすから。…ま、ちょっとした恋占いと、可愛らしいお守りのご注文をな」
ちら、と売り物を覘く…確かに、他者を害するような商品は扱っていないようだ。だが、“この男自身”が何を売るかはその範疇にない。それでも、一応は手を放す。
「はぁ…全くお変わりないようで、上々ですわ」
「お前もな。再び巡り会ったからには言っておくが、精々俺の目に触れぬよう気をつけることだ」
「…そりゃまぁ、何とも素っ気無い…けど、承知しましたわ」
その答えに、エンキは背を向ける…関らぬ、という一点が約束されればもう用はない。…路地を出頭、客らしき男と擦れ違う。どう見ても可愛らしい買い物をしに来た者には見えないが…しかし、それも関りのない事。顔を上げた先、クトゥ教の女たちの姿はもうない。エンキは港へと身を翻した。
エンキが眺める先には、白い頭巾の女たちがいる。クトゥ教徒だ…嘗て、西の小村で見たことがある、同じ出で立ちの娘…だが、記憶に浸るというより、怪訝にその目が据わる…彼女らを率いる女性に。個人の信仰に興味はない、だが、その女性は…清廉を描けばそのようであろうとも思われる爽やかな眉目、穏やかな微笑、そしてその瞳の中で、真心より祈りを捧げる人々…信心はなくとも、心動かされる光景である。が、エンキの面に浮かぶのは、寧ろ疑念に似ていた。見れば見るほど、それは不可思議な姿で…その視線の更に先、路地から娘が出てくる。貴族娘だろうか、一見して安価ならぬ衣装の胸に何かを抱えて、何やら嬉しそうに路地の奥を振り返り、頭を下げて立ち去った。目を凝らせば、娘の出て来た路地の口に黒羽で“運命”の絵札が打ちつけてあった。奇妙な予感に捕らわれ、エンキはその路地に足を向けた。
路地の奥…斯くの如き場所は、時折如何わしい生業の人間の仮住処に変身する。案の定、今日もそこには占い道具や護符の並んだ即席の店が出来ていた。影の中、その物売りを見下ろし…
「…邪術師…」
「はぇ?…おぉっ、こりゃお懐かしい!黒服さんじゃないかね!!」
顔を上げた邪術師の顔が輝く。立ち上がり、エンキの手を取る。
「お元気そうで!いやぁ、どうなったかと気に掛けとったんよ?」
「…懐かしい?何が…」
エンキは思わず邪術師の襟を掴み上げる。が、それにも慣れた様子で、邪術師はエンキを押えた。
「まぁ、あんたの方からしたらそうかも知れんけどなぁ」
「尾行て来たのか?」
「はぇ?あぁ、そりゃ大した言い掛かりだこって…俺は昨日からここにおるんよ」
「先程の娘に何を?」
「そりゃ秘密、売りモンについちゃ口外無用がまじない師の決め事ッすから」
「言えぬような物、か?」
「違うて、お相手さんの相談事をさ、喋っちゃ商売上がったり…信用第一ッすから。…ま、ちょっとした恋占いと、可愛らしいお守りのご注文をな」
ちら、と売り物を覘く…確かに、他者を害するような商品は扱っていないようだ。だが、“この男自身”が何を売るかはその範疇にない。それでも、一応は手を放す。
「はぁ…全くお変わりないようで、上々ですわ」
「お前もな。再び巡り会ったからには言っておくが、精々俺の目に触れぬよう気をつけることだ」
「…そりゃまぁ、何とも素っ気無い…けど、承知しましたわ」
その答えに、エンキは背を向ける…関らぬ、という一点が約束されればもう用はない。…路地を出頭、客らしき男と擦れ違う。どう見ても可愛らしい買い物をしに来た者には見えないが…しかし、それも関りのない事。顔を上げた先、クトゥ教の女たちの姿はもうない。エンキは港へと身を翻した。
更新日:2023-01-14 17:09:53