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ベルガに着いてより15日…エンキとセトゥスは、まだこの街に留まっていた。両者共、傷の経過は順調…ここ2~3日は発ち時を探る内に過ぎていた。

とはいえ15日間、この都市に潜むのは、必ずしも楽ではなかった。安宿に腰を据えた以上、定時の食事など出る訳もなく…幸い、裏稼業の人間が好んで使う宿らしく、身上について詮索されることも、況してや不審を抱かれることなどある筈もなく、その点は全く問題にはならなかったのだが。兎も角、外に出ない訳には行かない…可能な限り、存在を隠しておきたいにも拘らず。当然、変装の必要を迫られる訳だが、難渋を示したエンキに、セトゥスは肩を竦めるばかり。

「まぁ、何でなくとも目立ちすぎるんよな、お前さんの身形は」

お互い様だ、と睨むエンキを傍目に、セトゥスはあっさりと自分の髪を切り落としてしまった。慌てるエンキにセトゥスは告げた。

「んまぁ、俺の身動きが不自由なんが何よりの原因なんだし、コレくらい何てこたぁなかろうがね。お前さんにまで同じコト求めやせんよ…まぁ、問題は今日1日、俺が保つかってトコだけど…」

そして、エンキの服を借りて出掛けてしまった。無論、止痛薬を過用の上である。馬車で貰った薬は多用しても効果に限度があるので…つまり、飽く迄も自然薬、痛みを緩和することが目的であり、負担の出るような効能はないので、以前アンタルクで処方された薬が役に立った。敵対者に情報が流れていたとして、セトゥスの特徴は長い黒髪に帽子、青い服であろうから、確かに短髪の上に帽子もなく、黒衣で出歩いたところで気づく者はまずいないだろう。そして、買い込んできたものも、エンキの衣装…ウィシア寄りの砂漠民が好む長衣の色は赤、暗緑色の布切れは目立つ灰真珠の長髪を隠す為のものだ。更にはよりウィシア人に似せる狙いなのだろうが、付け髭まで買い込んでいた。明白な迄にエンキの心象を覆す選択に眉を顰めつつ、だがセトゥス自身にここまでされていては文句も言えず…それがベルガで3日目の出来事、翌日からエンキは似非ウィシア人として出歩いている。

そして日は巡り…最初は帰る度に頭巾を剥ぎ捨てていたエンキが漸く変装に慣れた頃、セトゥスも何とか痛み止めなしで歩けるようになっていた。しかし、外交はエンキ中心…半面を包帯で覆っているセトゥスは逆に人目を引いてしまいかねないからだ。更に言えば、当初は何より抵抗していた付け髭は、その精巧さの故か、今では寧ろ気に入ってしまったようだ。それでもセトゥスの心配は尽きず…エンキは魔具屋へ出入りし始めたのだ。数軒ある魔具屋の内、普段まず使わない店であるとは言うが…

「気づかれとらん可能性は半々以下ってトコだと思うけどなぁ…」

忠告も馬耳東風。兎も角、追手の大半は、既に彼らがベルガを発ったものと考えている…らしい。

(それもドコまで信じるかってトコだけどなぁ…)

最早苦言も溜息にしかならない15日目、宿に戻ったエンキが言い出した。

「明日、発とう」
「あ~…やっと決めてくれたかね」

うんざりと呟いたセトゥスに、エンキが小包を投げ寄越す。開けてみると、中身は聖浄布だった。

「なっ…エンキ、これ…」
「漸く手に入ってな」
「お前さん…まさか、コレの為に…?」
「穏便に見て残り5日…それで《沼》に着けるとは限らん。念には念を、という訳だ」
「けど…結構、値ぇ張ったろ!?コレ」
「馴染みの店でなかったからな。已むを得ん」

淡々と返すエンキに、セトゥスは呆気に取られた。聖浄布は通常、神殿でしか扱わない物だが、それなりの都市であれば裏口で魔具屋へ卸している場合も少なくはない。エンキは態々それを探してくれたのだ。素性を知られる危険を冒してまで…

「す…すまん…」
「何程のことだ。共に行くと決めたのは俺の方だ、然るべきと思うが…」

特に他意もない様子で言われ、セトゥスは返す言葉もない。窓辺に掛けて頭巾を解くと、エンキは僅かに口元を緩めた。

「打って出る。覚悟しておけ」

それは、セトゥスへの言葉か…或いは、待ち受けるであろう敵に対してか。何れにせよ、旅は再び始まるのだ…取り敢えずの終着点へと。

更新日:2023-04-08 17:04:37

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