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「同じ賭けるなら、遊びに潰やすべきだ。どうせ1度っきりの人生だろ?況してや」
「今回のような件に関しては…ですか?」
「解ってんじゃないの」

老人は杯を呷る。空いた杯に酌をして、商人は自分の杯にも酒を注ぐ。

「なれば尚更、妙ですね。“忍び寄る者”には、これ以上の娯楽はないと思うのですが…」
「俺は何も言っちゃいないぜ。お前さん方の読みが外れただけだろ」
「…まぁ、貴方が仰る以上、そうなのでしょう…が」

商人は咎めるように老人を見据える。

「今の貴方をご覧になったら、あの方はなんと仰るやら…」
「何の話だい?」
「貴方の師、偉大なる“灰杖の魔導師”様ですよ」

老人は商人を睨む…偶々傍を通り掛った酒場娘が、驚いたように厨房へ駆け込む。老人はそれ程の殺気を滾らせていた。が、仕草ばかりは道化て肩を竦める。

「今更、聞きも出来ないがね…あの人は、俺がどんな男か良くご存知だったよ」
「なら、今度ご本人にお聞きしてみましょう」

老人は杯を取り落とした。帽子の影で、表情は解らない…が…

「馬鹿なコト言うなよ。あの人は、もう20年近くも前に…」
「ご覧になったのですか?貴方御自身の、その目で」
「…!」
「貴方の悪い癖ですよ。確かめもせずに流言をお信じになってしまうなど…」

“灰杖の魔導師”逝去の報を齎したのは、老人が出逢った中で一番の正直者と断言できる男だった。しかし、あの男も直接視た訳ではなく、誰かから聞いたのだ。そればかりか、あの男は、老人が信頼おく能わざる輩と称していた者らをも、老人と同等に信頼していた。17年分の疑惑が、一気に吹き上げる。否、老人は最初から認めていなかった…“灰杖の魔導師”の死を。だからこそ…信じたい、信じたくない…信じられない。

「やはり、貴方にはお知らせしていなかったのですね。彼らも随分、狭量な真似をする…」
「それじゃ…」
「お気づきになりませんでしたか…?そうです。今回の計画、似ていると思いませんか?あの方の計画は、まだ活きているのですよ」

商人は小狡げな笑みを浮かべる。

「尤も、私もまだ直接お逢いした訳ではありませんが…しかし、そうでなければこれ程も事が進もう筈もありませんでしょう?」
「全くだ」

老人も口元を緩める…殺気は、愉楽に取り替わられていた。

「面白くなってきたじゃないか。それなら俺も、少しは本気で遊ばせてもらおうかな」
「御心に適ったようで、光栄です」

商人は席を立つ…同時に老人も、また。互いに背を向け合い、商人は勘定台へ…老人は、女たちの卓へ。気づいたベラが、軽く手を振って老人を招いた。

更新日:2023-03-26 00:27:26

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