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入り口を守る門の役目をも果たす『大娼楼』から、海へ開けた湾の辺に建つ『腐宴の城』まで、《沼》の中心を分かつ大道の両側は、商店街の様相を表す。一見、普通の商店街と然して変わらぬ賑わいと構えだが、内に入れば、普通の品物など1つとして手に入らない。売り物は、魔道具、秘薬、護符、或いは、呪いそのもの。店主は大抵が、年老いて一線を離れた邪術師たち…最近は、遥か東から流れてきた商人も少なくはない。

その大道を、1人の女が歩いていた。豊満な肢体を惜しげもなく披露する、身に張り付くようにぴったりとした赤と白の長衣。腰の下から裾まで開いた服の切れ目からは、絶えず脚線が覗く。そんな挑発的な衣装にも拘らず、擦れ違う人々から彼女に投げられる視線には、何処か畏敬が込められている…それは、その面容に顕われる知性の故か、或いはその瞳の冷徹に縁るのか…

大道を脇に入り、やや暗い路地の正面にある店の扉を、女は開いた。途端に響いた耳障りな鐘の音と、店内に立ち込める異臭に、女は俯いて口元を押える。その仕草を嘲うように、老婆の声が言った。

「お~や、客かと思ったら、スノトラじゃないか。何の用だい、あたしゃもう仕事は請けないと、旦那にもはっきり申し上げた筈だがね」
「全くお変わりありませんね、フルダ。お久し振りだというのに」

スノトラが肩を竦めると、薄暗い店の勘定台の奥に、老フルダが漸く顔を出す。

「最近どうにも気が短くなっちまってねぇ、用ならとっとと済ましてもらいたいんだよ。それとも何かい、そういう話じゃないってのかい?」
「いえ、主上からの使いです」
「なら御免だ。帰りな」
「いいえ。貴女に、ではありません」

スノトラを追い返すことにのみ専念していたフルダは、意外気に目を据えて番台に肘付いた。探るようにスノトラを眺め回し、再び口を開く。

「あたしじゃ、ない?」
「ええ、貴女の、お弟子さんに」

その言葉に、暫しスノトラを見詰めたフルダは、突然弾けるように笑い出した。

「弟子?あたしの弟子?そんなヤツァ1人しかいないがね」
「存じております」
「あいつにかい?正気かい、お前さん…間違いなく、あいつかい?」
「ええ、間違いなく。主命を違えはしません」
「バカバカしい…いんにゃ、どうやら旦那も焼きが回っちまったようだね」
「お取次ぎ、願えませんので?」
「い~や、連れてきたいならとっとと連れてきな」
「いえ、ここで」
「おっと、残念だがね、ここにゃいないよ」
「どちらに?」
「西区の石屋んトコ行ったっきり帰って来やしない。近い内に店変えんじゃないのかね、あのガキャ…最近の若僧と来たら、堪え性も何もありゃしない」
「西区の石屋…あぁ、パイウーさんですね。解りました。どうもお邪魔を…何れまた」
「ああ、もう来るんじゃないよ」

フルダの捨て台詞を背に、スノトラは道を戻り始めた。

更新日:2023-04-08 20:37:34

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