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悪夢の使者

《沼》の大道を、甲高い怒声が駆け抜ける…然程珍しくもない昼下がりの出来事。その喧騒に道を阻まれ、女は腕組みして歩脚を緩める。続いて響く剣戟の音。ほぼ予想通りの展開に、彼女は溜息を吐いた。

「どうしたものかしらね…」

その呟きに気づいた者が、隣の男の腕を引いて、何言か囁く。それは細波となって野次馬たちに広がって行った…そうして暫く後、彼女の前には一筋の道が出来ていた。この然るべき対応に、彼女は頷き、また歩みを進めた。

騒動の中心が近づいてくる。やがて人垣の縁に着き、彼女は当事者たちを眺めた…その片方は、精悍な体躯を彩る赤銅の肌と無造作に結い上げた黒髪、紅蓮の皮鎧に三日月斧と見ればその人と知らぬ者もない、“刃砕き”ダーキニィ。《沼》の剣士たちに一目置かれる豪腕の女戦士だ。ダーキニィと相対しているのは、まだ幼い少女…白銀の鎧に朱に染めた短髪、細身の体に似合わぬ大剣を振り回すのは、最近名を上げつつある盗賊狩りの剣士、セラフィ。確か今年12歳になったばかりの筈…規定年齢に達したと、先日《閻武局》を通じて《魔性の宴》へ登録申請して来たが、訳あって許可を見送られている。

(とはいえ…)

傍観する女は気怠げな溜息を吐く。セラフィがダーキニィと互角に渡り合っているのは確か…事実、セラフィの活躍振りは、既に大人顔負けだ。しかし…このセラフィが問題なのである。ここ暫く、セラフィは出向く先々でこうした争いを巻き起こしている。早熟の天才には宿命的な災難…つまり、その態度如何に関して、年上の女たちから何かと注意を受けるのだが、セラフィは自分の有り様を頑として枉げないのだ。尚且つ、不幸な事に、そこに織り込まれるやっかみというものに、一切無頓着であり…周囲の者は皆知っていることだが、《沼》に於いて一際注目を浴びるある男との関係について女たちが暗に言わんとしていることをセラフィは全く認識していないという皮肉が、こうした事態を招いている。

(全く…ダーキニィも大人気のないこと…)

呆れ果て…女は不意に、自分の目的を思い出し、その場を後にした。

更新日:2023-02-04 19:33:38

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