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04 「金狼」という名の英雄

 梓との別れからしばらく経った頃、邦彦の許に一通の厚みのある封筒が届いた。
 でも柏木邦彦宛ではあったものの、肝心の差出人の名前が記されていない。

 住所が女性の手による繊細な文字で記されているため、もしかしたら梓が自分宛に何か送ってくれたのではないかと未練たらしく考えたりもした。

 でも、この字体は明らかに彼女の筆跡とは異なるし、一体誰が何の目的で邦彦宛に送ったのか皆目見当が付かないのである。

 何しろ気味が悪いから、このままゴミ箱にポイしようかと思い悩むも、漸く決心する。
 とにかく、一度開けて中身を確認するしかないよなぁと警戒しつつ封を切った。

 すると、中身は古本が一冊と金色の毛を生やした狼のマスクが一点。それと折り畳まれたB5サイズのペラが1枚入っていた。

 邦彦は手掛かりを得ようとその用紙を広げてざっと目を通す。それから、思わずふぅ~っと長いため息を吐くのである。
 だってさぁ、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、なんてそんな一文があるのみなんだからね。
 
 何だよこれ? もしかしてオレのこと励ましてくれてたりするワケ? 
 邦彦にとっては、ますます謎が深まるばかりである。

 改めて一冊の本をじっと見る。それは、今のアポロの統治下では誰も見向きもしない、旧世界では英雄とされた人物の回顧録であった。

 その男は「金狼」と呼ばれ、かつては民衆から深く敬愛され慕われた英雄であった。
 邦彦は今の時代のヒトにしては珍しく、「金狼」に強い憧れを抱いていた。

 でも、彼はそのことをヒトに話したことは一度たりともない。
 だって、今のご時世そんなことをしたら、性格破綻者とかアポロ否定論者と見做されてしまい、思想警察にパクられる恐れだって十分あり得るのだから。

 「金狼」は旧世界で建国を果たした偉大な国父の呼び名であり、まだ一等市民と二等市民とに分断される以前の、友愛と正義の象徴たる存在であった。

 それは旧世界の労働者階級であった国父が立身出世する物語であったけれど、この時代においてはアポロによって否定される人物の生涯を描いている禁書なのであった。
 邦彦はその本を手に取って一節を音読すると、ヨシッと呟いて勇気を取り戻すのである。

 彼は、そのままのめり込むようにページを進めていく。「金狼」の生涯は波乱に満ちており、まさしく少年が追い求める冒険的要素に溢れていた。

 時が過ぎるのを忘れ、最後のページに差しかかったところ、一枚の栞を見つける。
 金色の狼が吠える瞬間を描いた勇猛なイラストをじっと見る。それから何とはなしに栞の裏を見ると、とあるサイトのアドレスが記されていた。

更新日:2023-10-19 16:46:38

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