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02 インターネットファイティング

 現在、人々はアポロの選別により将来を約束された一等市民と、ただひたすら肉体労働に酷使される二等市民とに二極化されている。
 
 その分断は仕事や収入面だけではなく、生活水準から生活エリアにまで及んでいる。
 そして、そんな不満を解消させる手段として、この社会には実に巧妙なシステムが機能しているのである。

 かつての世界では、《3S政策》とか《パンとサーカス》と呼ばれるような民衆慰撫活動が大々的に人心を操ってきた。要は、娯楽で不満を解消させる、ホンと汚い手口である。
 
 その活動は最先端科学技術を取り入れることで、再び国民的娯楽として今の世に復活している。
 それが、インターネットファイティングなのである。

 インターネットファイティングとは、2人のプレーヤーがヘッドギアを装着して、仮想空間内で拳のみでお互い殴り合う、実にシンプルなゲームである。

 そのプレーヤーのことをインターネットファイターと呼び、基本一等市民にのみ参加が認められている。
 年齢も性別も問わない。ベッドで寝たきりの老人でも一等市民なら参加可能である。

 この闘いに参加することは一等市民の誉れとされ、勇猛果敢に闘うことこそノブレスオブリージュ、地位ある者のみに課せられた責務とされているのである。

 その試合はマスメディアを通じて全国的に放映され、人々は夢中になってファイターの活躍を注視する。
 そして、その勝利者は国を挙げて大々的に称賛され、より高い地位と名誉と財産を得ることができるのである。
 
 ちなみに、その試合には二等市民の間で非合法で賭場が設けられており、何でも莫大な金が動いていると言われている。要は、政府による民衆へのワカりやすいお目こぼしである。
 
 それで、このインターネットファイティングシステムが実に巧妙であるのかは、次の点を上げれば納得できるものである。
 
 例えば、二等市民でもファイティングへの参加資格を得て優秀な成績を収めれば、その後で一等市民になることができるのである。
 
 それ故に、インターネットファイティングシステムは、現代における最強のカーストシステムと呼ばれていた。

   *          *

「私、インターネットファイティングって嫌いなんだっ!」

 梓が実に不満そうに、思い出したように呟いている。
 デートの帰り道、邦彦と梓は繁華街を歩いていると、街のいたるところに設置された大型スクリーンに、ファイティングのライブ映像が映し出されていた。

「凄ぇっ!」

 邦彦がそれを憧れの眼で見つめると、梓は少し呆れたようにホンと子供だねと言って、ウンザリとした顔を見せるのである。

 梓としては、自分の父親が非合法のファイティング賭博に熱を入れていることを大層不安に思っていた。そんな危うい父親を見ているため、彼女はネガティブにファイティングを捉えているのである。

「大体、ファイティングって危ないんでしょ? 打ち所が悪ければ死んじゃうことだってあるって聞いたよ! 私、そんな野蛮なの大嫌いっ!」

 頑として曲げない。力強く否定する彼女は、もう邦彦の意見など聞く耳持たないのである。

「まぁ、そりゃそうなんだけどさ。でもさ、ここ最近はそんな危険な打ち込みのあるプレーはトンと見ないし、大丈夫だと思うんだけどね」

 邦彦もあまり強く反論できずにいる。ファイティングで英雄に成れる者もいれば、悲惨な目に遭う者も少なからずいるのであるから。

 一等市民なら誰でも参加できるけど、チャンスとペナルティが隣り合わせに迫ってくる。
 それらを乗り越えてこそのノブレスオブリージュなんだろうけど。でも明らかに代償が大き過ぎるような気がする。

 仮想空間上で行われているインターネットファイティング内での死は、ヘッドギアに容赦なく高圧電流が放出されて、無慈悲でリアルな死を迎えるのだから。

「だから、邦彦は絶対ファイティングをやってはダメだよっ! まぁ子供の頃からキミのことを知っている身としては、ロクに喧嘩もしたこともないんだし、先ずやらないだろうと思うけどねっ!」

 そう言ってクスクスと笑う梓。邦彦としては、自分にはまるで勇気がないと言われているようで少しだけ腹立たしかったけど。

 でも、ホンとのところ、これまで殴り合いの喧嘩はおろかロクに口喧嘩すらしたことがないことに改めて気が付くのである。
 
 あぁ、要するにオレがインターネットファイティングをすることは、これまでも今後も先ずあり得ないことなんだろうなぁ、と。

更新日:2023-01-05 20:58:16

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