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証人

突然の塔の崩壊に、詰め寄せていたレムノスの兵士も多数犠牲になった。救出の為瓦礫を掘り返していると、最上階の礫片の中から乙女が発見された。

ある者はそれを奇跡と呼んだ。ある者はそれを悪魔と呼んだ。

いずれにしてもその場に、貞潔で名高いレムノス軍イル包囲指揮官ポリアスが居合せたのは、イルにとっても、レムノスにとっても、また乙女自身にとっても、幸いであったとしか言いようがあるまい。



それから3日―

乙女は一言も話す事なく、陣屋に鎖で止められていた。とは言え、高貴な者に対する一応の礼か、それともポリアスの指示か、一個幕屋に寝台付という、下級兵士以上の厚遇であった。

そして、遂にポリアス自らが乙女を訪ねた。…幕屋に入るなり、番兵を退かせ、入口を閉める。乙女は身を固くした。

「食事を取っていないそうだが…」

その声は、少年のように軽やかだ。乙女はポリアスに視線を向ける。声ばかりでなく、身形も、体型も、少年そのままだ。後ろ髪を結わえ肩に流されたなだらかな金髪に縁取られたふくよかな頬…もしかしたら、乙女よりも年若いかも知れない。

「あなたと取り引きをしに来た」
「他人に物を頼む時には相応の礼があろう」

ここへ来て初めて、乙女は口を開いた。しかし、ポリアスは構わずに言った。

「頼みに来た訳ではない、これは同等の取り引きだ」

ポリアスは服のピンを外し、前を肌蹴て見せた。

「何のつもり…」

…そこには、あるはずのない白い双丘があった。乙女は目を背ける。ポリアスは再び肌を隠し、乙女の前に座った。

「あなたには…少し酷な話をしなければならない。この国が落ちた理由を、だ。我々の力だけではどうにもならなかっただろう…」
「…」
「いたんだよ、内通者が。それだけではない、この国の各地で国王に対する反乱が起こった。レムノスの侵攻に乗じて、この国を滅ぼそうとする者が、多数現れたのだ」

ポリアスは同情の目で乙女を見たが、乙女は然程驚いた様子もない。ポリアスは髪を後ろへ掻き上げ、手堅い女を口説こうとでもしているように笑って言った。

「私は…生きてこの国を出られないだろう」
「何故そう思う?」
「反乱軍は明日にもこの都に攻撃を仕掛けるそうだ。ここにいるレムノス軍は全滅するだろう。それも束の間、半月もしない内に本国から後続の軍隊が送られて来る…我々は、斥候に過ぎない。これから来るのは恐らく名高い軍師だろう。…つまり、あなたの処刑は今日我々の手によって行われるか、それとも反乱軍に渡されるか…」

乙女は喉の奥で笑った。あきらめがついたとでもいうように、奇妙に爽やかな声で言う。

「誰に聞いた…いや、知られていないと思っていたのは、私だけなのか。…だが、お前に判るのか?性を奪われ、暗い闇の中に幽閉され、人に触れる事も外を歩く事も許されなかったこの私の気持ちが…!」

乙女はポリアスの手を掴んだ。強く、爪を立てる。だが、ポリアスは穏やかに答えた。

「判るさ…男として、人を殺める術だけを教えられ、戦の先鋒に立ち…幾多の命奪い、幾多の恨みをも買って来た。…それ故の、同等の取り引きなのだ。さあ…」

乙女は、不敵に微笑んだ。

「あの塔…“月の塔”には伝説がある。
太古の昔、光の者たちが、龍の子をあの塔の最上階に閉じ込め、飼っていた、とな。
これは、私しか知らぬ筈の伝承だ、そしてその檻と言われる魔法陣を、この目で見て来た」

ーーそしてその中で生まれた龍の子を、この目でーー

更新日:2022-12-31 20:39:34

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