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荒涼の風

水滴の落ちる音…ナナは目を覚ました。そこは、変わらぬ石造りの回廊…だんだんと、判って来た。この塔の中で見るものは全て幻なのだと。…何故?奇跡を信じ、イベールの言葉を神の命令として、目に見えるものは全て実在するものと疑いもしなかった無知な少女に、一体誰が幻などという概念を教えたのであろうか。

シェマグリグはまだそこに倒れたまま、意識を取り戻してはいない。ナナは起こそうとその体を揺さぶった。着物が濡れている様子はない。やはり、全て幻なのか。ナナはイベールの姿を探した。立ち上がって狭間窓から下を覗くと、如何な高さか、亡霊の声のように轟きながら風が吹き抜けて行く。ナナは慌てて身を引いた。と、先に見える階段の上で、紫の衣が揺れるのが見えた。ほっとすると同時に、背後からの呻くような声にナナは再び身を固くした。…振り向くと、シェマグリグが身体を起こそうとしていた。軽く越しに手を当て、息を吐くと、シェマグリグはナナに訪ねた。

「御主人は?」
「もう、上にお出でに…」

シェマグリグは立ち、何か言い掛けたようだったが、微笑でそれを隠し、階上へとナナの背を押した。

上がった先には、例の文様の扉があり、イベールは冥想するように腕輪をなぞっていた。上がって来たシェマグリグとナナには目もくれず、ゆらりと立ちあがると腕輪を扉に当てる。その手をシェマグリグがそっと止めた。

「お疲れでは…ここで暫く休まれた方が」
「ここで…?」

やっとシェマグリグを見たイベールの目には明らかな疲労と、そして苛立ちが見えた。イベールは最初に目覚めていたのだろう。そして2人が起き出してくるのをずっとここで待っていたのだ。

「ここで。私にこの光も挿さぬ石の壁の中で休めと。ふん、癒える前に気が滅入らぬと良いが。…それともお前にはここが心地良いのか?この…闇の落とし子が」

シェマグリグの眉が密かに寄せられ、イベールの手に重ねられたシェマグリグの手に僅かに力が込められる。イベールは更にシェマグリグを睨み上げた。突然2人の間に流れ出した険悪な様相にナナは困惑し、呟く。

「闇の落とし子…?」

はっと、シェマグリグが我に返る。イベールも、何故か決まり悪げに目を反らし、腕輪を扉に押し付けた。第三の扉は開かれた…

更新日:2022-12-31 18:35:46

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