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清浄の水
そこは、地上だった。初夏の陽射しが零れる中、市場が立っている。人々は陽気に賑わい、天布や洗濯物があちらこちらに翻っている。
「祭…?それじゃ、今まで俺たちは地下にいたのか…?」
シェマグリグが呆れたように呟く。…しかし、違う。確かに、この街はイルに良く似ていた。素焼きの煉瓦で出来た建物も、人々の装いも、イルと寸分違わない。しかし、イルは今、戦の真只中。このように和やかな風景が見られるはずもない。
と、向うから絢爛な輿がやって来る。大勢の共を連れ、幾人もに担がれた輿に乗った男は、良くぞここまでというほど肥え、天幕に張られた羅紗には金糸の刺繍が施されている所から見ても、相当の身分のある者なのであろう。人々はその行列に道を開ける。目の前を通り過ぎる輿を見送ると、イベールは突然、行列を追うように歩き出した。後ろに立つナナの手を取ろうとしたシェマグリグをかわす様に、ナナは先へ行く。何故…?それは、ナナの幼い感情の発露である。それは、ナナにしか判らない。呆気にとられた様に、それでも笑みを浮かべ、シェマグリグは見失わない程度に後を歩いた。
間もなく、輿が歩みを緩めた。しかし、その時にはもう、輿の後を追う必要はなくなっていた。市民たちが、長蛇の列を作って何かを待っている。どこから涌いたと思うほどの大勢の人々。ナナはまるでその長さを測るように列沿いに走り出した。もうすぐ何をしているのかが見えようという時、ナナは肩を掴まれた。並んでいる男が笑顔でナナに言う。
「駄目だよ、お嬢ちゃん。ちゃんと並ばなきゃ。皆待っているんだからね」
ナナは男とその先で行われている事を見比べ、言った。
「何を、しているの?」
「おや、お嬢ちゃん、知らないのか。ははぁ、祭に来た子だね。よし、おじさんが教えてやろう。この先に河が見えるだろう?あの河でお清めをしているんだよ。ここの人たちは毎日ここで1日の穢れを払ってもらうのさ。判るかな?」
ナナが頷くと、親切な男はさらに話した。
「この河はね、向うに見えるあの神様の山から流れて来るんだよ。だからね、こうして皆並んでお清めを受けるんだ。毎日街中の人が来るんだから、そりゃあ大変なことだよ。でも皆こうして順番を待つ。おじさんもね、もう、日の出の頃から待っているんだよ。ああ、もうお昼になるね。でも、前の人なんか夜明け前から待っているんだから、仕方ない」
「それくらいで放してあげなさいよ」
男の妻と思しき女が男の袖を引く。きっと常から話好きの男なのだろう。しかし、女も呆れた顔一つ見せず、ナナに言った。
「ごめんね、お嬢ちゃん。おじさんの話が長いから飽きちゃったでしょう?今日は人が多いけど、これはお祭りで他所の人も来ているからなのよ。明日なら、もっと人は少ないよ。おばさんち、宿屋だから、良かったら泊って明日もう1度来て御覧」
「祭…?それじゃ、今まで俺たちは地下にいたのか…?」
シェマグリグが呆れたように呟く。…しかし、違う。確かに、この街はイルに良く似ていた。素焼きの煉瓦で出来た建物も、人々の装いも、イルと寸分違わない。しかし、イルは今、戦の真只中。このように和やかな風景が見られるはずもない。
と、向うから絢爛な輿がやって来る。大勢の共を連れ、幾人もに担がれた輿に乗った男は、良くぞここまでというほど肥え、天幕に張られた羅紗には金糸の刺繍が施されている所から見ても、相当の身分のある者なのであろう。人々はその行列に道を開ける。目の前を通り過ぎる輿を見送ると、イベールは突然、行列を追うように歩き出した。後ろに立つナナの手を取ろうとしたシェマグリグをかわす様に、ナナは先へ行く。何故…?それは、ナナの幼い感情の発露である。それは、ナナにしか判らない。呆気にとられた様に、それでも笑みを浮かべ、シェマグリグは見失わない程度に後を歩いた。
間もなく、輿が歩みを緩めた。しかし、その時にはもう、輿の後を追う必要はなくなっていた。市民たちが、長蛇の列を作って何かを待っている。どこから涌いたと思うほどの大勢の人々。ナナはまるでその長さを測るように列沿いに走り出した。もうすぐ何をしているのかが見えようという時、ナナは肩を掴まれた。並んでいる男が笑顔でナナに言う。
「駄目だよ、お嬢ちゃん。ちゃんと並ばなきゃ。皆待っているんだからね」
ナナは男とその先で行われている事を見比べ、言った。
「何を、しているの?」
「おや、お嬢ちゃん、知らないのか。ははぁ、祭に来た子だね。よし、おじさんが教えてやろう。この先に河が見えるだろう?あの河でお清めをしているんだよ。ここの人たちは毎日ここで1日の穢れを払ってもらうのさ。判るかな?」
ナナが頷くと、親切な男はさらに話した。
「この河はね、向うに見えるあの神様の山から流れて来るんだよ。だからね、こうして皆並んでお清めを受けるんだ。毎日街中の人が来るんだから、そりゃあ大変なことだよ。でも皆こうして順番を待つ。おじさんもね、もう、日の出の頃から待っているんだよ。ああ、もうお昼になるね。でも、前の人なんか夜明け前から待っているんだから、仕方ない」
「それくらいで放してあげなさいよ」
男の妻と思しき女が男の袖を引く。きっと常から話好きの男なのだろう。しかし、女も呆れた顔一つ見せず、ナナに言った。
「ごめんね、お嬢ちゃん。おじさんの話が長いから飽きちゃったでしょう?今日は人が多いけど、これはお祭りで他所の人も来ているからなのよ。明日なら、もっと人は少ないよ。おばさんち、宿屋だから、良かったら泊って明日もう1度来て御覧」
更新日:2022-12-31 17:49:33