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甘い毒
ぼんやりと、目の前の池を眺める。
そこには奇妙な――といっても、ここではそう珍しいものでもないのだけれど――少年少女が十数人は浮かんでいる。
彼らの体には花が咲いている。あるものには大きな白い花が一輪。あるものには色とりどりの小さな花が無数に。あるものには橙色の花が点々と。咲いている箇所も頭の先から爪先まで様々だ。
十人十色に花を咲かせた彼らは『花金魚』といい、皆一様にうっとりとした顔で浮かんでいる。まるで人形のような彼らの体で、花は生き生きと咲き乱れる。
「飽きないのかい」
背後から聞こえた声に振り向くと、顔馴染みの青年がボクを見ていた。
この世界の住人である以上、彼もただの人間ではない。彼の腕は肘あたりから、木の枝のようにいくつにも分かれている。ボクからすれば手を動かしにくく不便なように見えるが、本人曰く、手先も増えて便利らしい。
「他に、見るものもないから」
「そう。大通りにまで出てくれば、見せ物も売り物もそれなりにあるだろうに」
「金もない」
「なら売ればいいよ」
「売るものもないよ」
ボクがそう言い切ると、彼はボクの隣に座り、じっとボクの顔を見た。
「自分を売る気はないんだね」
「そりゃそうだ。まともな売り物にならないだろうし、好き勝手されるのはごめんだよ」
ため息をつきながら答えるボクに、彼は少しだけ目を細める。そうして、心配するでもないような調子で言った。
「そのままだといつか気が触れるだろうけれどね。売りも買いもしなけりゃそうなる。愉悦が何もないんだから」
「さあ。そうなるならなればいいよ」
そんなことはわかっているし、そうなるかもしれない、と考えることにすらうんざりしている。
「このままでい続けるよりはマシ」
「そうかもね」
投げやりに言うボクに、彼は肩をすくめた。ボクみたいな人間は今までにもたくさんいたのだろう。売りも買いもしないで、ひたすらなんでもない時間を過ごすばかり。そして、ボクはそんな連中を見たことがない――つまり。
改めてうんざりしたボクの様子に気がついたのか、そんなことは関係ないのか、彼は立ち上がって言う。
「退屈だろう。僕の店までおいで」
「金はないったら」
少しムスッとしつつ返したけれど、彼は気にもしていない。
「売り物にならないものを分けてあげる。少しは足しになるだろう」
そう言って歩き出したので、ついていくことにした。実際やることも行く場所もないし、タダで何かしてくれるなら行ってもいい。それに、彼が何か店をやっているのは知っていたけれど、何を売っているかは知らないから、この機会にちょっと見てみたっていいかもしれない。少なくとも、花金魚たちを眺めているよりかはいいだろう。
そこには奇妙な――といっても、ここではそう珍しいものでもないのだけれど――少年少女が十数人は浮かんでいる。
彼らの体には花が咲いている。あるものには大きな白い花が一輪。あるものには色とりどりの小さな花が無数に。あるものには橙色の花が点々と。咲いている箇所も頭の先から爪先まで様々だ。
十人十色に花を咲かせた彼らは『花金魚』といい、皆一様にうっとりとした顔で浮かんでいる。まるで人形のような彼らの体で、花は生き生きと咲き乱れる。
「飽きないのかい」
背後から聞こえた声に振り向くと、顔馴染みの青年がボクを見ていた。
この世界の住人である以上、彼もただの人間ではない。彼の腕は肘あたりから、木の枝のようにいくつにも分かれている。ボクからすれば手を動かしにくく不便なように見えるが、本人曰く、手先も増えて便利らしい。
「他に、見るものもないから」
「そう。大通りにまで出てくれば、見せ物も売り物もそれなりにあるだろうに」
「金もない」
「なら売ればいいよ」
「売るものもないよ」
ボクがそう言い切ると、彼はボクの隣に座り、じっとボクの顔を見た。
「自分を売る気はないんだね」
「そりゃそうだ。まともな売り物にならないだろうし、好き勝手されるのはごめんだよ」
ため息をつきながら答えるボクに、彼は少しだけ目を細める。そうして、心配するでもないような調子で言った。
「そのままだといつか気が触れるだろうけれどね。売りも買いもしなけりゃそうなる。愉悦が何もないんだから」
「さあ。そうなるならなればいいよ」
そんなことはわかっているし、そうなるかもしれない、と考えることにすらうんざりしている。
「このままでい続けるよりはマシ」
「そうかもね」
投げやりに言うボクに、彼は肩をすくめた。ボクみたいな人間は今までにもたくさんいたのだろう。売りも買いもしないで、ひたすらなんでもない時間を過ごすばかり。そして、ボクはそんな連中を見たことがない――つまり。
改めてうんざりしたボクの様子に気がついたのか、そんなことは関係ないのか、彼は立ち上がって言う。
「退屈だろう。僕の店までおいで」
「金はないったら」
少しムスッとしつつ返したけれど、彼は気にもしていない。
「売り物にならないものを分けてあげる。少しは足しになるだろう」
そう言って歩き出したので、ついていくことにした。実際やることも行く場所もないし、タダで何かしてくれるなら行ってもいい。それに、彼が何か店をやっているのは知っていたけれど、何を売っているかは知らないから、この機会にちょっと見てみたっていいかもしれない。少なくとも、花金魚たちを眺めているよりかはいいだろう。
更新日:2022-12-30 08:36:44