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ドニファン・デモン

 11月に入ったある週末、4年生は講堂でバブリック祭の劇練習の真っ最中だった。

 そこには4年全員の他に、それを手伝う1~3年生、そして練習を見に来たあらゆる学年の生徒たちがいた。
 稽古はちょうどレミとアンドリューが舞台に上がり、オフィーリアが王宮の庭をさまようシーンが行われ、それが終わった直後だった。
 その場の皆がレミの美少女ぶりやその歌に引き込まれ、時を忘れて見入った。
 監督のカットや美術監督のストップの声もかからず、順調に台本は進められていった。大道具の設置の遅れに問題はあるものの、役者の演技に問題はなく、このシーンに修正箇所はなさそうだった。



 そうして庭のシーンが終わり、この日の練習はこれで終了になる予定だった。
 舞台下ではまだ監督の委員長と、舞台美術監督のネイサンが何かの話し合いをしていた。
 そのためもしかしたら追加でシーンの練習や、修正した部分の確認があるかもしれなかった。
 講堂が使えるのは週末のみに限られていたため、出来るだけ当日にまとめてやっておく必要があった。修正箇所はまだいくつも出てくると考えられ、出来ることは早目に処理しておくべきだった。


 場は一旦、休憩時間のようになり、トイレなどのため裏口から出て行く者もいた。
 作業を続ける大道具や照明係以外は皆おしゃべりを始め、オフィーリアのシーンに興奮した生徒たちが声高に感想を言い合っていた。











 そんな時、いきなり講堂の正面入り口のドアがバタンと開いた。
 勢い良く押し開かれたので、二枚扉が両方とも壁にあたって大きな音を立てた。それでドア付近にいた下級生が驚いて、次々と後ろを振り向いた。




 そこには8年生のボス、ドニファン・デモンが、タバコを口の端にくわえたまま立ちはだかっていた。
 彼の顔は三白眼で強面なので日頃から怖かったのだが、それに加えてこの日は最悪な機嫌の悪さに見えた。
 怒りを抑えられないのか全身から殺気立った気配が感じられ、たとえ何も知らない1年生でも、一目で相手がヤバイ状態だとわかった。


 ドニファンの外観は薄茶色の短髪で、前髪をゆるく左右に分けていた。頬骨が張っているからか頬がへこんで見え、全体的に骨ばった印象で痩せていた。だが弱々しい感じはどこにもなく、たくましい上腕や胸板を持ち、ケンカをしたらとても強そうだった。
 声はわざと威嚇するようなだみ声を出すことが多く、怒りっぽくキレやすい人間として、上級生からも恐れられていた。
 昔はケンカ常習者だったらしいが、ある時期から落ち着いたと言われ、一味を従えるボス感が増していった。これまでは同じ学年の仲間と裏で暗躍している形で、最上級生になって権力を手にするまでじっと大人しくしていたらしかった。
 それだけに今学期はドニファン一味の独断場になると、早い内から生徒の間では予想されていたのだ。そしてその予想通りになりそうな事実に、学校の生徒は戦々恐々としていた。


 そんな8年のボス、ドニファン・デモンは、舞台のある方向をまっすぐ視線にとらえてこう言った。

 「レミはいるか!! ドニファン先輩が来たと言え。話がある」




 彼は入り口にたくさん群がっていた生徒が邪魔だったらしく、その1人の下腹部辺りをいきなり足で蹴った。
 「どけ」
 蹴られた生徒は悲鳴を上げ、苦悶の表情で腹を押さえながら脇へ退いた。恐れをなした皆が次々と引いて道が開けられ、ドニファンは堂々と中へ歩を進めた。

 それを見ていた2,3人の下級生が、恐怖に顔をひきつらせながら奥の4年生に伝えに走った。
 「ブルーテル委員長! ドニファン先輩が!!」

 戸口付近の生徒たちは脇の方に固まりながら、目の前を歩く相手を恐々と眺めた。
 「奴はあの奥にいるのか?」
 ドニファンが確認するようにそう聞くと、視線を向けられた後輩がビビりながら説明した。
 「あ、あの。先輩たちはい‥今、練習中で‥」


 その場にいた全員が、『せっかく劇を見に来ているのに、出来るなら邪魔をしないでもらいたい‥』と思った。だがそれを口に出して進言する勇気はなかった。
 それほどドニファンは恐ろしい存在だったし、怒った時は誰にも止められないほどの威力があった。同い年の8年生でも、それより年上の人間でも、とても真正面から向き合って意見できる相手ではなかったのだ。






 こうしてドニファンみずから姿を見せたのは、レミが彼の命令を聞かなかった怒りからだった。
 以前、第二教室外の中庭で、彼はレミと会って話をした。その際に一方的ではあったがレミを誘い、寮まで来るよう言ってあったのだ。

 暗黙の了解として、最上級生のボスから直々に指名されたら、どんな下級生もその命に従うのが筋だった。

更新日:2022-11-30 09:45:58

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