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バブリック遠走大会
その晩、就寝前の3C部屋では、皆が寝間着に着替えながらこんな話をしていた。
部屋には班長のアンドリュー、スミス、フィリップがいて、ジミイは風呂にでも入っているのかおらず、レミの姿もなかった。
アンドリューはベッドとベッドの間に置いた椅子に座り、胸元のリボンを片手で引っ張ってほどいていた。
彼は足を組んだ姿勢で、左手を上げながら他の2人に話し掛けた。
「11月になったから、もうすぐやってくるぞ。あれ」
「あれ」で通じたらしく、左隣のベッドに座っていたスミスが顔を思いきりしかめた。
「ギャーオ! 魔のマラソンレース」
スミスはちょうど上着を脱いだところで、その上着を膝の上に乗せていた。アンドリューの言葉を受けて、彼は上体をやや後ろに反らし、両足のつま先をピンと持ち上げた。
フィリップはアンドリューの正面に立ち、向こうむきで寝間着の上衣のボタンを留めていた。
そしてスミスと同じように嫌そうな表情で振り向き、相手に尋ねた。
「ああ、あれって2マイルだったっけ?」
「違う、3だよ。魔の3マイルだよ」
「3‥」
彼は襟のボタンを留める手を止めてフリーズした。あらためて自分たちが走らねばならない距離を思い出し、タラリと冷や汗を流した。
学年の中では走るのが早くて得意なはずのスミスも、この長距離走は嫌なようだった。
彼は制服のリボンを抜き取ると、両手を高く持ち上げてそのままベッドに仰向きで倒れ込んだ。
「あーあ。当日間際になって、風邪でも引いて休めたらいいんだけどな‥」
「ホントホント」
フィリップが相槌を打った。
彼らの言うマラソンとは、バブリックスクールの11月の恒例行事となっている『遠走大会』と呼ばれるものだった。
これは全学年が強制参加させられる体力増進のためのカリキュラムで、特別な身体の問題や家の用事などがない限りは休むことが出来なかった。
冬に向けてどんどん運動不足になる上、学園祭の準備で生活が不摂生になりがちな生徒を、この行事で鍛え直す意味があるらしかった。
マラソン好きな一部の愛好者を除いて、誰もが嫌がって辞退したくなる行事だった。実際に上級生の中にはこの日の前日からバックレて学校から姿を消す者も多くいた。
その場合はちゃんと後から追加の遠走をやらされるのだが、それすらも避けようといきなり病気やケガになって医務室に駆け込む生徒もいた。
とはいえこの行事は速さを競ったりするものではなく、体力不足を補う意味があるので参加すればOKだった。怒られない程度に走るそぶりを見せれば、途中は歩いていても問題はなかった。
コースは学校の近隣で、村や丘陵や川辺などを回るので景色は良かった。ちょっとしたジョギングや散歩だと思えば楽しそうではあったが、実際走るとなると景色を楽しむ余裕などないに違いなかった。
だが無理矢理でも体を動かすことで、いい気分転換になって良い結果を生むのも確かだった。
毎日祭り準備ばかりで精神的に煮詰まっていたり、運動不足で体に不調をきたしている者が少なくなかったからだ。
そのためこの行事は生徒の不評があっても無くなることはなく、毎年開催されていた。
スミスはともかく文系のアンドリューや、走るのがそれ程得意でないフィリップは、この大会でカッコイイ所を見せることは出来なかった。
それでも共学ではないので女の子に恥ずかしいザマを見られることは無く、その点で男子校は有利といえた。
寝間着に右腕を通しながら、スミスが会話を続けた。
「部活組のジョージやアーミストなんかは2マイルは余裕かもしれないけど、僕らまで同じ距離にしないでほしいよね」
「そういえばセドルも何故か得意だったよな。イタズラした後の逃げ足が速いから、それで鍛えられたのか‥」
意外そうにフィリップがつぶやくと、アンドリューが言った。
「でも毎年一番のトムは喜んでるんじゃないかな。僕たちとは反対でさ。ずっと室内ばかりにいて、体がなまってるってボヤいてたし」
「実家の近くを走るから、よく知った道ばかりで自然と速くなるんだってさ」
本人から聞いたことがあったので、フィリップは2人にそう教えた。
「だったらネイサンもよくスケッチに行くから、有利なんじゃない?」
スミスが聞くと、フィリップが答えた。
「彼はマラソンは嫌いだって言ってた。景色も落ち着いて見られないし、立ち止まって描いてると怒られるしって」
ここで話題を変え、アンドリューは自分の寝間着を持ち上げながらしみじみと言った。
「だけどさ、この辺もずいぶん変わったよな。工場が町の近くにたくさん建ったから、その近辺に集合住宅が次々と出来てさ」
フィリップがうなずいた。
「確かに。マラソンコースも去年とは結構、違う景色になってたりして」
部屋には班長のアンドリュー、スミス、フィリップがいて、ジミイは風呂にでも入っているのかおらず、レミの姿もなかった。
アンドリューはベッドとベッドの間に置いた椅子に座り、胸元のリボンを片手で引っ張ってほどいていた。
彼は足を組んだ姿勢で、左手を上げながら他の2人に話し掛けた。
「11月になったから、もうすぐやってくるぞ。あれ」
「あれ」で通じたらしく、左隣のベッドに座っていたスミスが顔を思いきりしかめた。
「ギャーオ! 魔のマラソンレース」
スミスはちょうど上着を脱いだところで、その上着を膝の上に乗せていた。アンドリューの言葉を受けて、彼は上体をやや後ろに反らし、両足のつま先をピンと持ち上げた。
フィリップはアンドリューの正面に立ち、向こうむきで寝間着の上衣のボタンを留めていた。
そしてスミスと同じように嫌そうな表情で振り向き、相手に尋ねた。
「ああ、あれって2マイルだったっけ?」
「違う、3だよ。魔の3マイルだよ」
「3‥」
彼は襟のボタンを留める手を止めてフリーズした。あらためて自分たちが走らねばならない距離を思い出し、タラリと冷や汗を流した。
学年の中では走るのが早くて得意なはずのスミスも、この長距離走は嫌なようだった。
彼は制服のリボンを抜き取ると、両手を高く持ち上げてそのままベッドに仰向きで倒れ込んだ。
「あーあ。当日間際になって、風邪でも引いて休めたらいいんだけどな‥」
「ホントホント」
フィリップが相槌を打った。
彼らの言うマラソンとは、バブリックスクールの11月の恒例行事となっている『遠走大会』と呼ばれるものだった。
これは全学年が強制参加させられる体力増進のためのカリキュラムで、特別な身体の問題や家の用事などがない限りは休むことが出来なかった。
冬に向けてどんどん運動不足になる上、学園祭の準備で生活が不摂生になりがちな生徒を、この行事で鍛え直す意味があるらしかった。
マラソン好きな一部の愛好者を除いて、誰もが嫌がって辞退したくなる行事だった。実際に上級生の中にはこの日の前日からバックレて学校から姿を消す者も多くいた。
その場合はちゃんと後から追加の遠走をやらされるのだが、それすらも避けようといきなり病気やケガになって医務室に駆け込む生徒もいた。
とはいえこの行事は速さを競ったりするものではなく、体力不足を補う意味があるので参加すればOKだった。怒られない程度に走るそぶりを見せれば、途中は歩いていても問題はなかった。
コースは学校の近隣で、村や丘陵や川辺などを回るので景色は良かった。ちょっとしたジョギングや散歩だと思えば楽しそうではあったが、実際走るとなると景色を楽しむ余裕などないに違いなかった。
だが無理矢理でも体を動かすことで、いい気分転換になって良い結果を生むのも確かだった。
毎日祭り準備ばかりで精神的に煮詰まっていたり、運動不足で体に不調をきたしている者が少なくなかったからだ。
そのためこの行事は生徒の不評があっても無くなることはなく、毎年開催されていた。
スミスはともかく文系のアンドリューや、走るのがそれ程得意でないフィリップは、この大会でカッコイイ所を見せることは出来なかった。
それでも共学ではないので女の子に恥ずかしいザマを見られることは無く、その点で男子校は有利といえた。
寝間着に右腕を通しながら、スミスが会話を続けた。
「部活組のジョージやアーミストなんかは2マイルは余裕かもしれないけど、僕らまで同じ距離にしないでほしいよね」
「そういえばセドルも何故か得意だったよな。イタズラした後の逃げ足が速いから、それで鍛えられたのか‥」
意外そうにフィリップがつぶやくと、アンドリューが言った。
「でも毎年一番のトムは喜んでるんじゃないかな。僕たちとは反対でさ。ずっと室内ばかりにいて、体がなまってるってボヤいてたし」
「実家の近くを走るから、よく知った道ばかりで自然と速くなるんだってさ」
本人から聞いたことがあったので、フィリップは2人にそう教えた。
「だったらネイサンもよくスケッチに行くから、有利なんじゃない?」
スミスが聞くと、フィリップが答えた。
「彼はマラソンは嫌いだって言ってた。景色も落ち着いて見られないし、立ち止まって描いてると怒られるしって」
ここで話題を変え、アンドリューは自分の寝間着を持ち上げながらしみじみと言った。
「だけどさ、この辺もずいぶん変わったよな。工場が町の近くにたくさん建ったから、その近辺に集合住宅が次々と出来てさ」
フィリップがうなずいた。
「確かに。マラソンコースも去年とは結構、違う景色になってたりして」
更新日:2023-04-11 12:48:13