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今日の晩飯は電気が作りました

シマウマがライオンに噛まれた。

それが映像であったとして、それを見た人間はどういう気持ちになるのだろうか。
君はどうだろう。
きっと、いや、そう少なくない人たちはこう思うのだ。
「ああ、なんて可哀想なのだ」と。
しかし、その気持ちは、正しかったのか。間違っていることなのか。
映像越しでしかその世界を知れない人間が、それを判定できるのか。
我々はひどく人間的であり、自己中心的であり、被害者気取りである。

その会場は会場という名を付したくないくらい暗い場所であった。
コンサート前の静けさと言えば可愛いものである。
この場所はまさに、その暗さに似合うような、陰鬱惨憺たる場所なのだ。
被害者とは常にそうあるものであるし、そうでなくてはならないものだ。
そこには、なぜなら、無限の拭いきれないほどの悲しみと憎しみがこびりついているから……

「ボクは可哀想だ」

暗闇から差された光の下で男の子は言う。

「生まれた時も場所も選べず、親も顔も家も何も選べない。なのに生まれてからは親に感謝しなさいと言われ、気付くと学校という名の監獄に入れられる。どこで役に立つのかわからない勉強が背中を追いかけ、部活という人間の生々しい支配欲の餌食にされ、やがては会社という新しい織へ入れと勧められる。このボクのどこがカワイイものか。かわいそうじゃないか。理不尽じゃないか。ボクは被害者だ。生まれた時から被害者なんだ」

会場は急にシンとする。
そして男の子のライトは消え、ちがう誰かにスポットが当たる。

「私は可哀想だ」

メガネをかけた女が、悲しみに堪えるようなしみた声をあげる。

「私は生まれた時から性別を選べない。女というだけで料理やら裁縫ができなくてはならないという圧迫を受ける。女だから赤が好きだと。女だから可愛いものが好きだろうと、世の女の基準で測られるばかり。しかも性別のせいで子供を産む役割に回されるし、肝心の男は浮気が好きなのが多くて子育ても大変。例えいい人がいたとしても必ずしも子供が好きとは限らない。しかもこっちは自由に身動きできないのに、その気持ちを汲んでくれない世間様にはうんざり。私こそまさに被害者の長だわ。男社会反対!」

最後のかなぎり声は会場の闇のどこに波紋したのか。
彼女はその声を発した瞬間から興味を失っていた。
やがて、ちがう人物に光が移る。
そして、同じように自らを定義した。

「僕は生まれながら弱かった。何も選べなかった。ただ、その特質だけは帰ることができなかった。むしろ、どうして僕の方が変えなくてはならないのか、不思議でならなかった。この国は自由というものについてどう思ってるのか、小一時間問い詰めたいほどだ。本当に表現は自由であるのか。どうして僕の衝動を理解してくれない?否、放っておいてくれない?僕が僕であることの何が迷惑なんだ!僕であり、それを欲することを邪魔するなっ!」

言い放つ彼の顔の皮脂から、汗とばかりは言えない液体がほとばしった。
言い放った彼はまだ満足してないように、ブツブツと小言を続ける。
もはや光がどこにあろうと関係はない。
なぜなら、それは、無限の悲しみであり、拭いきれない憎しみなのだから。

「あたしはいつも、そう、いつも、そうなんです。誰かに見られて、誰かに噂されて、いいダシにされてるんです。どうして好きな恰好をしてはいけないのか。理解できません。この国は自由の概念をどう思ってるんですか?直接手を出すのは論外として、目で見るのも随分と加害的じゃありませんか?その頭の中で想像してることは、きっと、そうよ、犯罪なのよ!あなたたちの頭の中はいつも暴力的で排他的で犯罪的だわ!いったい、いつ私がその許可を出したって言うのよ!」

光はまた次の誰かへ。

「ワシたち老いぼれのことを、ヤツらはな~んもわかっとらん」
「まったくじゃ」
「自由に動けんし、邪魔者扱いされるし、生きてるだけでごく潰しだのうて罵詈雑言まみれ。ゆっくりしたくてしてるんではないわい。ゆっくりにしかできんのだわい」
「そうそう。全然わかとらんね」
「なんたって骨も弱いし筋肉も弱いし……いったい、これのどこが強者だと思えるんだわい。最強の弱者といえばワシたちじゃろがい。社会が最も最優先にして慮るべき相手はワシたちだわいな」
「ふがふが」
「ワシたちが普通に生活しおって何が悪いとねん。これは自分が掴み取ってきた当然の利益だわいな。時代がよかった?人のせいにしとらんと、もっと努力せんかい!」

飛び出た入れ歯は会場の床に落ち、腐臭が漂い始めた。
しかし、誰も拾わない。その思い、気持ち、入れ歯。
なぜなら、この光はせわしないのだ。

更新日:2022-11-17 22:38:02

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