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no title

 左のショートアッパーが空を切った。続けざまの右ストレートは上体のスウェーでかわされた。セコンドが叫んでいる。

 バランスを崩す。見計らったように小笠原が踏み込んでくる。慌てて両腕をタイトに構えてブロックに転じる。ワン。右ストレートが左ガードにめり込む。ツー。リバーブローが円を描いて右肘の下をくぐり、脇腹に深く刺さる。

 吐き気が瞬間的に襲ってくる。内臓をハンマーで潰されたような、ずっしりとした感覚が残り、次のパンチが来る、と思ったときには遅かった。すでにその動作はガードの間を抜けて顔面に接近していた。鼻が曲がってアゴがねじれる、首が横を向いて汗が一瞬の土砂降りのようにリングの外まで降り注ぐ。歪んだ口からマウスピースがはみでて、生温かいヨダレだか汗だかが耳に向かって勢い良く流れていく。上体がのけ反ったまま、足がもつれてロープに身体を預けてしまう。小笠原が低い姿勢で向かって来る。目がかすむ。

 オーバーハンド気味の右が飛んで来る。それを左斜め下に避ける。小笠原の左フックをガードしたが、続いて右のショートアッパーが迫る。両肘の間隔的にそれを遮断することは不可能だった。顔面が衝撃で跳ね上がる。意識が朦朧として相手のパンチを避けるどころか、ガードさえままならず、アゴ先に拳が入った瞬間に俺はリングに尻をついていた。

 レフェリーが俺の元に駆け寄ってカウントを始めた。……1……2……。俺は8カウントまで膝を着いていたが、すぐに立ち上がりファイティングポーズを構えた。レフェリーが俺の両腕を掴んで揺さぶる。そして俺の目をじっと覗きこんだ。大丈夫だ。俺の視点は合っている。それにほとんど効いてはいないさ。俺はレフェリーに頷きかけ、試合続行に問題がないことを目で訴えた。

更新日:2022-11-16 21:01:01

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