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ダイナマイト百五十屯級の衝撃が必要、とは女性ハルキストの談話
今年も、この季節がやってきました! とのネット記事を目にした。村上春樹がノーベル文学賞を落選したことを揶揄する内容だった。失礼な話である。同氏が同賞欲しさにスウェーデンの学士院へ作品を郵送したわけでもあるまいに。一部の出版社やマスコミそしてミーハーな村上春樹のファン(を名乗るが未読者も多数混ざっている気がする)が勝手に騒いているだけで、ご本人は迷惑しているのではないかと推察する。
彼らとて勿論、何の根拠も無く受賞を噂しているのではないだろう。国際的な文学賞を数多く受賞しているので英国のブックメーカーが予想される受賞者の一人に同氏の名を挙げているのだから、可能性はあるのだ。
しかし栄冠を逃し続けているのが現状で、これは一体どういうことかと、同氏の著作を一つしか読んだことのない筆者でさえ気になって気になって、もう仕方がない。
今回ではなく数年前のことだが、外国の見知らぬ誰かがノーベル文学賞を受賞したという報道があった夜に、ハルキスト――村上春樹のファンを指す言葉らしい――たちが残念会を開いている場面に遭遇したことがある。そのときハルキストの女性がワインをガブガブ飲みながらハルキがどうして落選してばかりいるのかを、途轍もなく偉そうに語っていて、酔っ払いの大言壮語とは凄いものだと感心するやら呆れるやらだった覚えがあるので、認知症が進行する前に書いておく。
彼女は言った。ハルキ作品の男は淡白で勃起力が足りない。スタミナ不足の仮性人、早漏アヘ単野郎ばかリだから、北欧のデカ剥きマッチョ系インテリや太陽のコロナの如き金髪陰毛が御開帳の巨大おマンコ女のセックスを刺激しない、もっと亜鉛を呑め、股間を乾布摩擦しろ! といった内容だった(ような気がするけれども何しろ昔のことだし当方も酔っていたので細部は違っていると思う)。
同席していた年配の男性は「マラソンに出場しているからスタミナはある」と抗弁していた。その男は作品の登場人物と執筆者の区別が付いていないようだった。その錯覚がアルコールのせいか、素面でも生じているものなのか、筆者には判断が出来なかった。
乾布摩擦の刺激を重要視する女ハルキストは、他人の主張を華麗にスルーした。とにかく激しさが欲しいのよ私は! とのこと。それなら他の作者の本を読むがよかろうと筆者などは思うのだけれども、熱狂的なハルキストである彼女には、それが難しい様子だった。ハルキ以外の文学作品は邪道、そんなの読みたくないのよ私は! と滂沱の涙を流す彼女に周囲も困り果てている空気が感じられたので、僭越ながらと相席させていただき、他愛もないことを言って彼女を慰めようとした。
「失礼、ヤマグチノボルの『ゼロの使い魔』をご存じですか?」
筆者の問いかけに「あんた誰」と真っ当な質問で返したので「熱心なハルキストと言いたいところだけど違う。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』以降は挫折した」と答えたら彼女は納得したからファン心理とは奇妙なものである。
何はともあれ彼女の信用を勝ち得た筆者は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールに関する例のコピペを暗唱した。
「(前略)クンカクンカ!(中略)モフモフしたいお!(後略)」
何だ何だ、この●●●●は何なのだ! と周囲のハルキストは狂人を見るような目で筆者から遠ざかった。しかし彼女には筆者の想いが届いたようだった。
「そうよ、そういう大爆発が必要なのよ! ノーベル賞を獲るにはダイナマイト百五十屯級の衝撃が求められると思うし、それが出来る日本人作家は今、ハルキだけなのよ!」
筆者は彼女に言いたかった。ヤマグチノボルは、そういうパワーがあったと。しかし筆者は、寂しく笑うことしか出来なかった。故人のヤマグチノボルはノーベル文学賞の受賞資格が失われている。どれほどの才能があったとしても、彼に世界最高の文学賞が与えられる日は永遠に訪れないのだ。筆者は何も言えず、ただ、彼女の前に置かれた唐揚げ数個を続けざまに口へ入れ、最後にパセリを頂戴することしか出来なかった。
彼女の興奮が収まった潮に筆者は席を立った。店員に「私の勘定は幹事さんに渡しましたから」と断って一銭も払わず店を出る。秋の夜風が酔いに火照った頬を優しく撫でて心地好い。彼女の想いがハルキゲニアへ届くことを心から祈りつつ、家路を辿る。
彼らとて勿論、何の根拠も無く受賞を噂しているのではないだろう。国際的な文学賞を数多く受賞しているので英国のブックメーカーが予想される受賞者の一人に同氏の名を挙げているのだから、可能性はあるのだ。
しかし栄冠を逃し続けているのが現状で、これは一体どういうことかと、同氏の著作を一つしか読んだことのない筆者でさえ気になって気になって、もう仕方がない。
今回ではなく数年前のことだが、外国の見知らぬ誰かがノーベル文学賞を受賞したという報道があった夜に、ハルキスト――村上春樹のファンを指す言葉らしい――たちが残念会を開いている場面に遭遇したことがある。そのときハルキストの女性がワインをガブガブ飲みながらハルキがどうして落選してばかりいるのかを、途轍もなく偉そうに語っていて、酔っ払いの大言壮語とは凄いものだと感心するやら呆れるやらだった覚えがあるので、認知症が進行する前に書いておく。
彼女は言った。ハルキ作品の男は淡白で勃起力が足りない。スタミナ不足の仮性人、早漏アヘ単野郎ばかリだから、北欧のデカ剥きマッチョ系インテリや太陽のコロナの如き金髪陰毛が御開帳の巨大おマンコ女のセックスを刺激しない、もっと亜鉛を呑め、股間を乾布摩擦しろ! といった内容だった(ような気がするけれども何しろ昔のことだし当方も酔っていたので細部は違っていると思う)。
同席していた年配の男性は「マラソンに出場しているからスタミナはある」と抗弁していた。その男は作品の登場人物と執筆者の区別が付いていないようだった。その錯覚がアルコールのせいか、素面でも生じているものなのか、筆者には判断が出来なかった。
乾布摩擦の刺激を重要視する女ハルキストは、他人の主張を華麗にスルーした。とにかく激しさが欲しいのよ私は! とのこと。それなら他の作者の本を読むがよかろうと筆者などは思うのだけれども、熱狂的なハルキストである彼女には、それが難しい様子だった。ハルキ以外の文学作品は邪道、そんなの読みたくないのよ私は! と滂沱の涙を流す彼女に周囲も困り果てている空気が感じられたので、僭越ながらと相席させていただき、他愛もないことを言って彼女を慰めようとした。
「失礼、ヤマグチノボルの『ゼロの使い魔』をご存じですか?」
筆者の問いかけに「あんた誰」と真っ当な質問で返したので「熱心なハルキストと言いたいところだけど違う。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』以降は挫折した」と答えたら彼女は納得したからファン心理とは奇妙なものである。
何はともあれ彼女の信用を勝ち得た筆者は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールに関する例のコピペを暗唱した。
「(前略)クンカクンカ!(中略)モフモフしたいお!(後略)」
何だ何だ、この●●●●は何なのだ! と周囲のハルキストは狂人を見るような目で筆者から遠ざかった。しかし彼女には筆者の想いが届いたようだった。
「そうよ、そういう大爆発が必要なのよ! ノーベル賞を獲るにはダイナマイト百五十屯級の衝撃が求められると思うし、それが出来る日本人作家は今、ハルキだけなのよ!」
筆者は彼女に言いたかった。ヤマグチノボルは、そういうパワーがあったと。しかし筆者は、寂しく笑うことしか出来なかった。故人のヤマグチノボルはノーベル文学賞の受賞資格が失われている。どれほどの才能があったとしても、彼に世界最高の文学賞が与えられる日は永遠に訪れないのだ。筆者は何も言えず、ただ、彼女の前に置かれた唐揚げ数個を続けざまに口へ入れ、最後にパセリを頂戴することしか出来なかった。
彼女の興奮が収まった潮に筆者は席を立った。店員に「私の勘定は幹事さんに渡しましたから」と断って一銭も払わず店を出る。秋の夜風が酔いに火照った頬を優しく撫でて心地好い。彼女の想いがハルキゲニアへ届くことを心から祈りつつ、家路を辿る。
更新日:2022-10-07 19:53:51