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挿絵 765*800

キッチンへ行き、ヴァレーニエの鍋を覗いた。
「良かった、焦げ付いていない」
ユリウスは安心して、灰汁をすくい少しだけかき混ぜていた。

「今日のお昼ごはんは、ミルクとオーツ麦のカーシャ(ロシア版お粥)ね。ラズベリーも手に入ったから、トッピングにするね」
カーシャを煮込んでいる間に、アレクセイはカトラリーやお皿を出していた。

「ありがとう、アリョーシャ優しいね」
アレクセイの頬にキスをして、お礼を言った。

「ラズベリーが入ると、初夏らしいね。残りのラズベリーもヴァレーニエにするからね。アリョーシャはすぐりのほうが好き?」

アレクセイはブランチを食べながら答えた。
「どっちも好きだよ。トボリスクにいた頃、父親から釣りを教わった。幼かったから大して覚えていないけど、魚の釣り方と簡単な捌き方を教えてくれた」

「凄いな、子供なのに魚釣りとかするんだね?」
ユリウスが感心しながら聞いてくれた。

「あぁ、シベリアみたいな田舎じゃあ、男は猟に行って獣を取ってくるか魚を釣って、下処理したり、冬用の保存食を作るのが当たり前だった」
アレクセイは紅茶を一口飲んで話を続けた。
「他にも春は山菜、夏はベリー類と山菜、秋はきのこや木の実を採って来る人が沢山いたよ。それを近所の人達で分け合っていた」

シベリアの話を興味深く聞いてくれている。
「俺は小さかったから、山には行けなかったんだ」
「どうして?」
「山には熊や狼がいるからな、子供の俺は近くの川釣り位しか許してもらえなかった。でも、行き帰りの道中で、この季節はカシス,すぐり,ラズベリーとか、秋はこくわ,苔桃,山葡萄,胡桃,栗を持って帰ったなぁ」
「すごく沢山あるのね」
ユリウスは感心していった。

「いや自然に自生しているから、必ずある訳ではないさ。あったらラッキーで持って帰ると、お袋がヴァレーニエや料理にしてくれた」
「そう、アリョーシャは小さい頃から頑張り屋さんだったんだね」
そう言って、寂しそうな顔で続けた。
「覚えていないけれど、僕も家族の為に、何か探して持ち帰っていたかな?」
「ユーレチカはフランクフルトからレーゲンスブルクに来たみたいだぞ。フランクフルトは街だから自給自足みたいなことは出来ないだろう」
「そうなんだ…。自分の育った場所も分からないって…」

「気にするな、記憶が無いってのは良い事も悪い事も、思い出せないんだろ。ユーレチカは優しいから家の中でお手伝いをしていたと思うぞ」
アレクセイはユリウスの頭を撫でながら優しく言った。

「そうだね。僕、料理はピンとこないけど、お掃除は自然に体が動くんだ。掃いてから拭き掃除とか、窓ガラスは濡らした布で拭いてからしっかり乾拭きするとか…」
話の途中で困った顔したユリウスにアレクセイが言った。
「どうした? ユスーポフ侯爵か? もう怒らないから言いたいことは気にせずに喋れ」
ユリウスは何も悪くない。俺のヤキモチのせいで気を使わせて、喋り辛くしてしまった、アレクセイは反省していた。
すまない。
「多分、子供の頃に住んでいた部屋は、ここ位の広さだったと思うんだ。考えなくてもスムーズに体が動いている時がある。ユスーポフ侯爵邸では掃除なんて考えた事も無かったし、どう動いたら良いのか? 今考えても想像つかないよ。あそこは広すぎ」
そう言ってユリウスは笑った。

「多分お母さんはピアノを弾くユーレチカの為に、料理は手伝わせなかったんじゃないのか? 指を怪我したら大変だものな、それじゃあ皿洗いは俺がするか」
アレクセイは立ち上がって言った。

「いいよ、それは僕の仕事だもの。アリョーシャは仕事をして、持ち帰っているでしょう?」
「俺が洗うから、ユーレチカは拭いて片付けたら?」

二人分の食器はすぐ片付いた。

更新日:2023-09-10 13:50:38

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