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西郷隆盛

挿絵 640*395

日本人なら誰でも知っている偉人のひとりが、西郷隆盛である。九州薩摩藩の下級藩士の家に生まれ、幼名は吉之助。

名君と言われた藩主島津斉彬に仕えて重用されたが斉彬の急逝後、安政5年に尊攘派に危機が迫り、12月に藩当局は、幕府の目から隠すために西郷の職を免じ、奄美大島に潜居させることにした。11月に愛加那を紹介されて島妻とした。

文久2年1月14日(1862年2月12日)、召還状で鹿児島へ着いた。島津久光に召されたが、久光が無官で、斉彬ほどの人望が無いことを理由に上京すべきでないと主張し、また、「御前ニハ恐レナガラ地ゴロなので周旋は無理だと言ったので、久光の不興を買った。

久光は西郷が待機命令を破ったこと、西郷の志士煽動の報告に激怒する。西郷は徳之島へ遠島となり、後に沖永良部への島替えの上、牢込めにし、決して開けてはならぬと厳命したという。文久3年(1863年)大久保利通や小松帯刀らの勧めもあって、西郷を赦免召還することにした。

元治元年、西郷は軍賦役(軍司令官)に任命された。池田屋事件、禁門の変、長州征伐などの事変を、大政奉還と戊辰戦争という激動の時代が続き、江戸無血開城を経て明治維新を迎え、明治政府の参議となった。明治4年(1871年)には陸軍元帥兼参議に任命された。

しかし明治六年の政変で西郷は征韓論に敗れ、西郷は辞職して下野した。
明治10年(1877年)、西南戦争が勃発。西郷軍は政府軍に敗北し、西郷は被弾して別府晋介に介錯を命じてこの世を去った。享年51(満49歳没)であった。

幕末から明治維新という激動の時代を経て、天命を全うしたかのような生涯であった。

更新日:2022-09-03 17:19:07

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