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島津斉彬

挿絵 338*480

幕末の大名で薩摩藩11代の藩主。斉彬の養女・天璋院は江戸幕府13代将軍・ 徳川家定の正室である。富国強兵や殖産興業に着手し、国政改革にも貢献した幕末の名君である。西郷隆盛・大久保利通ら幕末に活躍する人材も育てた。

安政5年(1858年)に大老に就いた彦根藩主・井伊直弼と将軍継嗣問題で真っ向から対立したが、直弼は地位を利用して強権を発動し、反対派を弾圧する安政の大獄を開始する。結果、慶福が14代将軍・徳川家茂となり、斉彬らは敗れた。

斉彬はこれに対し、藩兵5千人を率いて抗議のため上洛することを計画した。しかし、その年(安政5年)の7月8日(1858年8月16日)、鹿児島城下で出兵のための練兵を観覧の最中に発病し、7月16日(新暦:8月24日)に死去した。享年50(満49歳没)。

斉彬は松平慶永、山内豊信、伊達宗城らと並んで幕末の四賢侯と称され、西郷隆盛ら幕末に活躍する人材も育てた名君であったが、その急死はまるで天命を全うしたかたのようである。

更新日:2022-09-03 09:03:05

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