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樋口一葉

挿絵 337*502

樋口一葉は、明治時代初期の女流作家。『たけくらべ』『にごりえ』『十三夜』といった秀作を発表。文壇から絶賛されたが、24歳で肺結核により夭逝した。

一葉は1872年(明治5年)5月2日(旧暦3月25日)、東京府役人の樋口則義と多喜(旧姓・古屋)の次女として誕生する。1883年(明治16年)12月、上野元黒門町の私立青海学校高等科第四級を首席で卒業する。

1886年(明治19年)、父の旧幕時代の知人である医師の遠田澄庵の紹介で、中島歌子の歌塾「萩の舎」に入門。ここでは和歌のほか千蔭流の書や王朝文学の講読を学んだ。

1892年(明治25年)3月に半井は同人誌『武蔵野』を創刊し、一葉は『闇桜』を「一葉」の筆名で同誌創刊号に発表した。
一葉は、生活苦打開のため1893年(明治26年)7月、吉原遊郭近くの現在の台東区竜泉一丁目で荒物と駄菓子を売る雑貨店を開く。この時の経験が、後に代表作となる小説『たけくらべ』の題材となっている。

明治28年1月から『たけくらべ』を7回にわたり発表し、その合間に『ゆく雲』を執筆したほか、『経つくえ』を書き改めた上で『文藝倶楽部』に再掲載させた。このほか『にごりえ』『十三夜』などを発表している。『大つごもり』から『裏紫』にかけての期間を、一葉研究家の和田芳恵は「奇跡の14ヶ月」と呼んだ。

明治29年には一葉は治療法が当時なかった肺結核が進行しており、8月に森鷗外が、当代随一と言える樫村清徳、青山胤通らの医師を頼み往診に向かわせたが、恢復が絶望的との診断を受けた。
11月23日、丸山福山町の自宅において、24歳と6か月で死去。自宅跡には、一葉終焉の地であることを示す石碑が建てられている。

更新日:2022-09-27 13:07:01

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