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02 美術部員の五砲ホノオ
皇暦1988年初夏。
都心から特急で80分程の、四方を山で囲まれた終点の街、阿瑠琉市。
駅前広場は、来週末に開かれる祭りの準備に追われていた。
私立真善美高校2年、美術部員の五砲ホノオと三宅ショウタは、いつもより賑わう広場で行き交う地元の人々の似顔絵を、常人ならざる集中力で描き続けていた。
辻立ちの似顔絵描きは、部活動の中で取り分け重視されている演習のひとつである。
基本、部活動の一環なので無料であり、街の人々はほんの数分で仕上がり、しかも実際の自分よりも2割ほど美化して描かれて、かつ嘘のない似顔絵を楽しみにしていた。
この世界には無数の顔がある。
老若男女、様々な生い立ち、職業、性格、貧富の格差など、人の数だけモチーフがあると部の副顧問は常々言って来た。
ホノオは、副顧問の彼女の言葉を何ら疑うことなく素直に従う忠実なる弟子であった。
それで似顔絵の依頼が一度途切れたので、彼は行き交う人々を緻密な双眼で観察すると、もの凄い勢いで紙面に描き始めていた。
でも、彼の描くクロッキーの数々には、明らかに歪な偏りがあったのである。
今描いているのは、屋台のたこ焼きを食べている母娘。
すると、ホノオの視線に勘付いた娘と、目と目がぱっちりと合ってしまった。
それで、その少女は母親を連れてこっちの方に嬉しそうに近づいて来ると、
「お兄ぃさん、お願いできますか?」
ニマッとした笑顔で、さっそく似顔絵のご依頼である。
その母娘は、母親が30代前半のヤンママ風。娘は駅近くの公立中学の制服を着た、ちょっちかわいい雰囲気の女の子。どうやら2人とも物怖じしないタイプかな。
ホノオは曾祖父から西洋人の血を引いていて、背が高くハンサム、スタイルもいい。
母娘の眼はホノオに釘付けで、鼻息も相当に荒い様子。
「なぁホノオ、ボクが代わりに描こうか? オマエはお姉さんの方を担当してくれよ」
状況を察したショウタが助け舟を出すと、ホノオは一も二もなく飛び付いた。
最近のホノオは、若い女の子を描くとどうしてもデッサンが暴走してしまう悪癖に苦しめられていたので、ショウタの申し出に心から感謝する。
「あらやだわ、お姉さんだなんてっ。キミ達ってホンとに調子がいいわねっ。なら私は長身のイケメン君にお願いしようかしら?」
おばさんは迷うことなくホノオを指名して来た。
ホノオは内心ではホッとして、まぁこのヒトなら描けるかなぁと思った次第で。
「それでは、こちらの椅子に腰かけて楽になさって下さい」
「は~いっ」
満面の笑みを浮かべてホノオの前に着席する母親を見て、娘は母親にホノオを奪われてしまい、かなりの仏頂面。
「ボクではご不満ですか?」
でも、ショウタにニコリと誘われると、彼女の小ぶりなお胸が思わずトクンと高鳴ってしまう。だって、彼もまた相当なイケメンだったんだもんね。
「いいえ、全然っ! よろしくお願いしますっ!」
彼女は、そう言って嬉しそうに席に着くのであった。
真善美高校美術部は、副顧問の方針で実践、フィールドワークが重視されている。薄ら寒い美術室に閉じ込もるのを良しとせず、日の当たる外に出て、これまで一度も話したこともなく、全く知らない赤の他人の似顔絵を描く。
とにかく本気で、一生懸命自分の持てる力を出し尽くして描き切る。
そして出来上がったら、対象者から忌憚のない生の意見を頂戴する。
ただし、ひとつだけ守るべき掟がある。
似顔絵は必ず対象者の2割増しで仕上げるべし。
ここんところを間違えると大体トラブルになる。
そんな勘所をきっちり押さえている美術部の2トップが、ホノオとショウタだった。
今回も順調に似顔絵を2割増しで仕上げる2人。
ショウタの絵を見て娘さんははしゃいで喜んだ。
何しろ、自分の特徴を上手く掴んでいるのに、鏡に映る自分よりも2割増しのヴィジュアルになっているのだから。そりゃぁ年頃の娘さんの心鷲掴みだろう。
ショウタは首をひょいと向けてホノオの絵を見た。
そこには、対象者よりも2割ほど若く、2割ほど美しい、というか2割ほどぼんっきゅっぼんっのセクシーでチャーミングな女性が、これでもかとばかりに表現されていた。
思わずホノオのモチーフへの理解力、デッサン力の高さに、ショウタは目を見張るのである。
母娘は似顔絵を受け取ると、礼を言って雑踏に消えて行く。
都心から特急で80分程の、四方を山で囲まれた終点の街、阿瑠琉市。
駅前広場は、来週末に開かれる祭りの準備に追われていた。
私立真善美高校2年、美術部員の五砲ホノオと三宅ショウタは、いつもより賑わう広場で行き交う地元の人々の似顔絵を、常人ならざる集中力で描き続けていた。
辻立ちの似顔絵描きは、部活動の中で取り分け重視されている演習のひとつである。
基本、部活動の一環なので無料であり、街の人々はほんの数分で仕上がり、しかも実際の自分よりも2割ほど美化して描かれて、かつ嘘のない似顔絵を楽しみにしていた。
この世界には無数の顔がある。
老若男女、様々な生い立ち、職業、性格、貧富の格差など、人の数だけモチーフがあると部の副顧問は常々言って来た。
ホノオは、副顧問の彼女の言葉を何ら疑うことなく素直に従う忠実なる弟子であった。
それで似顔絵の依頼が一度途切れたので、彼は行き交う人々を緻密な双眼で観察すると、もの凄い勢いで紙面に描き始めていた。
でも、彼の描くクロッキーの数々には、明らかに歪な偏りがあったのである。
今描いているのは、屋台のたこ焼きを食べている母娘。
すると、ホノオの視線に勘付いた娘と、目と目がぱっちりと合ってしまった。
それで、その少女は母親を連れてこっちの方に嬉しそうに近づいて来ると、
「お兄ぃさん、お願いできますか?」
ニマッとした笑顔で、さっそく似顔絵のご依頼である。
その母娘は、母親が30代前半のヤンママ風。娘は駅近くの公立中学の制服を着た、ちょっちかわいい雰囲気の女の子。どうやら2人とも物怖じしないタイプかな。
ホノオは曾祖父から西洋人の血を引いていて、背が高くハンサム、スタイルもいい。
母娘の眼はホノオに釘付けで、鼻息も相当に荒い様子。
「なぁホノオ、ボクが代わりに描こうか? オマエはお姉さんの方を担当してくれよ」
状況を察したショウタが助け舟を出すと、ホノオは一も二もなく飛び付いた。
最近のホノオは、若い女の子を描くとどうしてもデッサンが暴走してしまう悪癖に苦しめられていたので、ショウタの申し出に心から感謝する。
「あらやだわ、お姉さんだなんてっ。キミ達ってホンとに調子がいいわねっ。なら私は長身のイケメン君にお願いしようかしら?」
おばさんは迷うことなくホノオを指名して来た。
ホノオは内心ではホッとして、まぁこのヒトなら描けるかなぁと思った次第で。
「それでは、こちらの椅子に腰かけて楽になさって下さい」
「は~いっ」
満面の笑みを浮かべてホノオの前に着席する母親を見て、娘は母親にホノオを奪われてしまい、かなりの仏頂面。
「ボクではご不満ですか?」
でも、ショウタにニコリと誘われると、彼女の小ぶりなお胸が思わずトクンと高鳴ってしまう。だって、彼もまた相当なイケメンだったんだもんね。
「いいえ、全然っ! よろしくお願いしますっ!」
彼女は、そう言って嬉しそうに席に着くのであった。
真善美高校美術部は、副顧問の方針で実践、フィールドワークが重視されている。薄ら寒い美術室に閉じ込もるのを良しとせず、日の当たる外に出て、これまで一度も話したこともなく、全く知らない赤の他人の似顔絵を描く。
とにかく本気で、一生懸命自分の持てる力を出し尽くして描き切る。
そして出来上がったら、対象者から忌憚のない生の意見を頂戴する。
ただし、ひとつだけ守るべき掟がある。
似顔絵は必ず対象者の2割増しで仕上げるべし。
ここんところを間違えると大体トラブルになる。
そんな勘所をきっちり押さえている美術部の2トップが、ホノオとショウタだった。
今回も順調に似顔絵を2割増しで仕上げる2人。
ショウタの絵を見て娘さんははしゃいで喜んだ。
何しろ、自分の特徴を上手く掴んでいるのに、鏡に映る自分よりも2割増しのヴィジュアルになっているのだから。そりゃぁ年頃の娘さんの心鷲掴みだろう。
ショウタは首をひょいと向けてホノオの絵を見た。
そこには、対象者よりも2割ほど若く、2割ほど美しい、というか2割ほどぼんっきゅっぼんっのセクシーでチャーミングな女性が、これでもかとばかりに表現されていた。
思わずホノオのモチーフへの理解力、デッサン力の高さに、ショウタは目を見張るのである。
母娘は似顔絵を受け取ると、礼を言って雑踏に消えて行く。
更新日:2022-08-25 19:48:49