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09 五台場マホ
五台場マホは、夕方まだ暗くなる前に屋敷に帰宅した。
すると、彼女の父が珍しく在宅しており、今日の晩御飯は五砲家で食べて来るようにと笑顔で命令するのである。
もちろん彼女に拒否権などなかったので、素直に従った。
マホの父は彼女にホノオとの交際を強く勧めている。
ホノオが五砲家の次期当主と目されているから、権力維持のために娘を本家に嫁がせようとしているのだ。
以前のマホなら身も心も五砲家を本家とする一族の忠実な下僕であるから、自分がホノオと結ばれるのは至極当然と考え、喜んで従っただろう。
しかしながら、今の彼女は父の期待とは裏腹に、尊敬する実姉と幼馴染で仲の良いホノオが2人して自分を裏切ったと思い悩み、深く傷つき許せないでいる。
彼女は自分が彼から選ばれると思っていたので、プライドはズタズタ。
しばらく精神的に荒んでいたなぁ、あれから3年経つけど、ホノオを見ると気が変になりそうなので、目も合わせたくないなぁと思っている。
マホはホノオとヨウの関係が切れたことに安堵している。
一族のトラブルなど、結束が緩むきっかけはすべからく排除されなければならない。
だから今の2人がまるで抜け殻のような存在であっても構わない。
だって、それだけ悪いことを2人はしたのだからね、とそういう認識だ。
マホは黒塗りの運転手付きの車に乗り、街の風景を眺めていた。
街は周囲を山々に囲まれ、その中で際立ってシンボルとも言うべき山が五甲山である。
その山は五砲家の所有する山のひとつであり、関東一都六県にセメントを供給している。
戦後の復興に合わせて身を削り続け、今では標高1305メートルの山となった。
セメントだけでは街の開発は後退してしまう。
いっそ麓の森林を伐採して平地にし、都心からの観光客を当て込んだ、大型アウトレットモールを併設したリゾート計画を進めているのだけど、反対派も多い。
しかも、五砲家本家がそれに同調しているフシがあるのだ。
周囲の人的、社会的環境が急速に変化しているというのに、時代に取り残されたかのように変わらない五砲家の人々。ホノオもそう。
それがマホには許せない。
彼女は、本家の五砲家が曾祖父以降歴代当主は皆絵描きを夢見て来た様子を、内心冷ややかに見続けている。
マホにとってホノオが当主の地位を継がず、たとえいっときであっても、一族から疎まれているヨウ姉さんのように絵描きを目指すなど、以ての外であった。
五砲家本家は、急速に力を落とし始めている。先日も事業をひとつ潰していた。
それはマホにとって、とても耐え難いことであった。
本家に代わって事業整理をしたのは分家の五台場家であり、昼間のゴリオ達の起こしたトラブルのように、自分の家が多くの者から恨みを買っていることをマホは知っている。
人や郷土を大切にする本家に対し、分家の五台場家、事業家としてのマホの両親は、自分達の立場が良くなることを最優先し、非情さ、冷酷さがある。
それは、実子のヨウを五砲家に養子という措置で厄介払いしたことでも明らかである。
その結果、今や街の実権は分家の五台場家に移りつつあるのだけど、たとえ両親は得意満面に喜んでいても、彼女にはまるで俗物の標本のように見えていて、何だかなぁと不本意な気分にさせられてしまうのだ。
五砲家本家の者は概ね理想主義者である。
マホはそんな彼らを純粋で、性善説に立ち、浮世離れしていると批判的に見ている。
でも否定するつもりはさらさらない。彼女は子供の頃から本家の者にかわいがられて来たからだ。
だから、本家の人達が急速に力を失うのを傍らで見ていると、息苦しく辛いのである。
ホノオにはヨウ姉さんのことなどさっさと忘れて、絵描きになる夢も捨て、実業の世界、街の再開発の仕事に本腰になって欲しいと強く望んでいた。
ショウタにはホノオが今何を考え、どんな音楽を好んで聴き、テレビ番組は何を視聴ているのかなど、こと細かに訊いていた。
あわよくば、ショウタにホノオが絵描きの夢を捨て家業に目を向けさせるよう誘導して欲しいとまで頼み込んでいたのである。
すると、彼女の父が珍しく在宅しており、今日の晩御飯は五砲家で食べて来るようにと笑顔で命令するのである。
もちろん彼女に拒否権などなかったので、素直に従った。
マホの父は彼女にホノオとの交際を強く勧めている。
ホノオが五砲家の次期当主と目されているから、権力維持のために娘を本家に嫁がせようとしているのだ。
以前のマホなら身も心も五砲家を本家とする一族の忠実な下僕であるから、自分がホノオと結ばれるのは至極当然と考え、喜んで従っただろう。
しかしながら、今の彼女は父の期待とは裏腹に、尊敬する実姉と幼馴染で仲の良いホノオが2人して自分を裏切ったと思い悩み、深く傷つき許せないでいる。
彼女は自分が彼から選ばれると思っていたので、プライドはズタズタ。
しばらく精神的に荒んでいたなぁ、あれから3年経つけど、ホノオを見ると気が変になりそうなので、目も合わせたくないなぁと思っている。
マホはホノオとヨウの関係が切れたことに安堵している。
一族のトラブルなど、結束が緩むきっかけはすべからく排除されなければならない。
だから今の2人がまるで抜け殻のような存在であっても構わない。
だって、それだけ悪いことを2人はしたのだからね、とそういう認識だ。
マホは黒塗りの運転手付きの車に乗り、街の風景を眺めていた。
街は周囲を山々に囲まれ、その中で際立ってシンボルとも言うべき山が五甲山である。
その山は五砲家の所有する山のひとつであり、関東一都六県にセメントを供給している。
戦後の復興に合わせて身を削り続け、今では標高1305メートルの山となった。
セメントだけでは街の開発は後退してしまう。
いっそ麓の森林を伐採して平地にし、都心からの観光客を当て込んだ、大型アウトレットモールを併設したリゾート計画を進めているのだけど、反対派も多い。
しかも、五砲家本家がそれに同調しているフシがあるのだ。
周囲の人的、社会的環境が急速に変化しているというのに、時代に取り残されたかのように変わらない五砲家の人々。ホノオもそう。
それがマホには許せない。
彼女は、本家の五砲家が曾祖父以降歴代当主は皆絵描きを夢見て来た様子を、内心冷ややかに見続けている。
マホにとってホノオが当主の地位を継がず、たとえいっときであっても、一族から疎まれているヨウ姉さんのように絵描きを目指すなど、以ての外であった。
五砲家本家は、急速に力を落とし始めている。先日も事業をひとつ潰していた。
それはマホにとって、とても耐え難いことであった。
本家に代わって事業整理をしたのは分家の五台場家であり、昼間のゴリオ達の起こしたトラブルのように、自分の家が多くの者から恨みを買っていることをマホは知っている。
人や郷土を大切にする本家に対し、分家の五台場家、事業家としてのマホの両親は、自分達の立場が良くなることを最優先し、非情さ、冷酷さがある。
それは、実子のヨウを五砲家に養子という措置で厄介払いしたことでも明らかである。
その結果、今や街の実権は分家の五台場家に移りつつあるのだけど、たとえ両親は得意満面に喜んでいても、彼女にはまるで俗物の標本のように見えていて、何だかなぁと不本意な気分にさせられてしまうのだ。
五砲家本家の者は概ね理想主義者である。
マホはそんな彼らを純粋で、性善説に立ち、浮世離れしていると批判的に見ている。
でも否定するつもりはさらさらない。彼女は子供の頃から本家の者にかわいがられて来たからだ。
だから、本家の人達が急速に力を失うのを傍らで見ていると、息苦しく辛いのである。
ホノオにはヨウ姉さんのことなどさっさと忘れて、絵描きになる夢も捨て、実業の世界、街の再開発の仕事に本腰になって欲しいと強く望んでいた。
ショウタにはホノオが今何を考え、どんな音楽を好んで聴き、テレビ番組は何を視聴ているのかなど、こと細かに訊いていた。
あわよくば、ショウタにホノオが絵描きの夢を捨て家業に目を向けさせるよう誘導して欲しいとまで頼み込んでいたのである。
更新日:2022-08-27 14:15:41