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翻って、今の私の実力は如何程のものだろうか?
子供の頃から、ずっと絵描きになりたかった。
気性の激しかった私は、当時まだ未成年だった実親のいる五台場家では持て余されてしまい、子供のいなかった五砲家に養子に出されていた。
自分で言うのもなんだけど、私はかなりの美人である。だから、ちょっち性格に難があろうと、周りはかわいがってくれるはずだった。
ある時、養父母の我慢の限界を超えるような問題行動を起こした私は、罰として、屋敷の端にある蔵ン中に一晩閉じ込められることになった。
最初は癇癪を起して泣き過ごしていたのだけど、片隅に紫色のサテンの布を被せたイーゼルを見つけたのである。
大事にしまってあるその絵画は、曾祖父が晩年に描いた四谷シノの肖像画だった。
その絵を見た際に、私の心のど真ん中を、まるで雷が落ちるように衝撃が走った感覚。
一度見たら、もう二度と他所のものに浮気できないほど真っ正直な気持ち。
そういった圧倒的な心持ちに、私は支配されてしまったのだ。
その絵画との出会いにより、私は必ず絵描きにならなければならないと覚悟を決めた。
翌朝、床に額を擦り付けて養父母に謝罪した。
二度と悪いことはしない、必ずいい子になりますから、絵描きになることを認めて下さいと訴えた。
すると、両親は直ぐに都心の美大から著名な講師を招聘し、私に英才教育を施してくれた。
私は両親の期待に応えようと、一生懸命絵筆を走らせ続けた。
周りから一目置かれるようになった頃、弟ができた。愛すべき弟、ホノオである。
彼は私にとても懐いてくれた。寝ても覚めても絵に夢中の私を見倣って、彼も絵筆を執るようになる。
彼の幼馴染で、私の実の妹でもあるマホが、ホノオの歓心を得ようとして、一生懸命絵を描くのは微笑ましかった。
私は上野の美大に進学した。小学、中学、高校と順調に学生コンクールで鳴らした私は、大学でも特待生となり、優遇されていた。
大学で美術を学ぶ傍ら、地元でお絵描き教室を主宰し、ホノオ達にこれまで培って来た技術、モチベーション向上のための気の持ち方とか、必要なことを全て教えたつもりだ。
ホノオは、身震いする位優秀な教え子だった。
ホノオが私への憧れから美術を志しているのを知っている。
だけど、そんな彼の気持ちには気付かないふりを続ける一方で、彼のモチーフへの観察力、理解力といった美術の才能の高さに、認めたくはないのだけれど、深く嫉妬し、妬ましく思う自分がいた。
彼が中学2年生になった頃、三宅ショウタという少年がウチに訪ねて来た。
その少年は、自分が未来のバルボラ機関という組織から派遣され、ホノオの芸術活動をサポートする旨、両親に伝えた。
両親は曾祖父の件もあり、快く少年を歓迎した。
私は思った。何で私ではなく弟なのだろうと。
言い表せない感情に侵され、ならばいっそのこと弟を誘惑してみようと思い立った。
幸いにも弟は私を受け容れてくれて、心行くままに快楽に身を焦がすことができた。
ただし、私の過ちはその認識の甘さによるものであった。
結果、再び一族から疎まれてしまい、厄介者として放逐されることになってしまったのである。
良き理解者であるお人好しの養父は、私を一族から庇う程の力はなかったけれど、仕事を用意することはできた。
自分が理事を務める高校に、非常勤の美術講師としてねじ込む位には。
さて、曾祖父の描いた絵に魅せられてから美術に身を投じて20数年。
その間、命がけで絵筆を走らせ続けて来た。
だけど、現状、命を削って描いた作品は、年に一作売れるかどうか。高校の非常勤の講師の職で辛うじて食いつないでいるのだ。
今はホノオ達美術部の副顧問をしているのだけれど、彼とはお互いに教師と生徒という事務的な関係で話をするだけで、もう全て片が付いたことになっている。
ホノオは今でも美術を続けているけれど、将来は家業を継ぎ、一族を統べることになるのかもしれない。彼は頭がいいから、上手く立ち回っているのだ。
私はただ彼を本物の絵描きにしたい。ホンとそれだけなのだけど。
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「角の生えたサルたち」連載第7話です。
今回のエピソードは、五砲ヨウの独白回となります。
人里離れた森の中で、若い女性がたった一人で生活している。
そこに至るまでに、彼女や彼女の周辺に一体どんなことが起こっていたのか。
そして、姉として美術を志すホノオを大事に見守っているその姿勢に、奔放な外面とは裏腹な極めてナイーブな内面が垣間見られるものと思います。
そんな彼女に、これから一体どんなことが起こるのでしょうか?
どうぞヨロシクねっ!
更新日:2024-01-22 22:11:40