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01 バルボラの天使

 これは、皇暦2026年初秋の出来事。
 英霊広場一帯はバルボラの天使が帰還するとあって、ひと目見ようと集まった群衆で溢れ返っていた。

 今は戦時体制真っただ中。
 何年も世界戦争が続いていて、これまでに多くの人々が亡くなって来た。
 人々は長く続く戦争にウンザリして、終戦の日だけを心待ちにしていた。

 バルボラの天使なら、きっとこの戦争を終わらせてくれるはず!
 人々は天使達の働きぶりに縋りつつ、先の見えない世界に生きていた。
 今回、その最有力候補が帰還したとあって、人々の熱狂ぶりはピークに達していたのだ。

 群衆は喉も枯れんばかりに彼女の名を連呼する。
 
 四谷シノ。

 弱冠16歳にしてバルボラ機関きっての選りすぐりのエリート。
 すらりとした手足にメリハリの利いた肢体。黒い長髪に透き通るように白い柔肌。
 それに、何と言っても彼女の目の覚めるような美麗で陽気な目鼻立ちは、この世のヒトの身体を借りた、まるで異次元の美天使そのもののように思われた。

 シノは熱狂する群衆の期待を背に、頬を紅潮させて演台に立つ。
 
 ふふふっ! 私ってば、すっごく注目されてるっ!

 彼女は大事そうに抱えていた絵画にちらりと目をやった。
 その作品は、138年前の南フランスで入手し持ち帰った、数本のひまわりを花瓶に活けたモチーフの油彩画だ。

 シノは高い壇上におわします皇帝アポロを眩しそうに見上げると、深く息を吸ってその絵画を頭上高く掲げる。
 彼女は、朗々と響き渡る声で以下のように口上を述べ始めた。

「アポロ様、アイコンですっ! これで私たちは無益な戦争から救われるでしょうっ!」

 その瞬間、地鳴りのような歓声が沸き起こる。
 広場はまさしく興奮の坩堝と化して行くのであった。

   *          *

 数10秒間群衆の歓声に耳を傾けた後、漸く皇帝が片手を上げて制し、広場はまるで誰もいないかのように静まり返った。

 シノの所属するバルボラ機関は、過去世界の美術家、音楽家、戯曲家の許にタイムトリップし、身の回りの世話をしながら作品作りのお手伝いをする。

 対象者と信頼関係を築き、傑作を持ち帰る。それこそが、バルボラの天使達に課せられたお仕事の本質だ。

 そして、その無数の戦利品の中に、アイコンと呼ばれる秘宝があるとされている。

 アイコンとは何だろう?

 皇帝アポロの言によると、アイコンとは、長らく続いている世界戦争を終わらせるキーファクターであるとのこと。

 シノはこれまでに何度も過去世界に渡り、多くの絵描き達と信頼関係を築いて来た。
 彼女自身陽気で人懐っこいから、対象者から好かれ易い性格だという自負もあった。
 
 でも、今回の対象者とは、……どうやら相性が悪かったようで。

 単なるコミュニケーション不足なのかもしれないけれど。
 でも、……まぁ有体に言えば、対象者が女嫌いなんだから仕方ないよねぇ。そう彼女は認識していた。
 
 とはいえ、作品は本人からではなく対象者の知人から何とか入手することはできた。

 これまで順調に多くの戦果を挙げて来たからこそ、今回も上手く行くし大丈夫。
 シノは、……そう高を括っていたんだけど。

「このうつけ者がっ! この作品は次元断面の贋作だっ! オマエは自らの行いで過去改変を起こしてしまった!! 一体、どう責任を取るつもりだっ!?」

 突然の、……皇帝アポロによる、極めて厳しい叱責。
 彼女は生唾をごくりと飲み込んだ。

 次元断面の贋作。それは、タイムトリップで過去改変を起こした際に生じる、存在してはならない禁忌の作品。
 シノは任務に就いて以来、最初にして最大のミスを犯した。全ては、……彼女の慢心故の結果であった。

 今、彼女は自身の失態に血の気が引き、全身の血が抜けるかのような恐慌に襲われている。
 彼女の不安は瞬く間に人々に伝染。広場はみるみる不穏な空気に包まれて行く。

 その後には、……シノにとって最悪のケースが手ぐすねを引いて待ち構えていた。

 群衆の一部が、怒りに震えながら演台にまでせり上って来る。

 待って! ちょっと皆落ち着いてっ! 私の言い分をちゃんと聞いてよっ!

 群衆はシノの美しい髪や腕、足をむんずと掴んで奈落に引きずり下ろすと、そのまま地面にガッと組み伏せてしまう。

 堪らず、彼女は叫び声を上げて涙交じりに抗う。……だが、両手両足の自由を奪われ、両頬をむんずと掴まれ、無理やりに毒の入ったカプセルを飲み込まされてしまったのだ!!

更新日:2024-01-22 18:56:34

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