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no title

 深夜0時。S峠の頂上付近、下り坂タイトコーナーに向かってアルテッツァは勾配の勢いを受けて加速していく。

 目の前に車体が進むべき筋道を描いた。右に切り込み左に後輪を流し車体もそれに従う。想像のライン通りにコーナーをクリアし、感覚的にシフトチェンジとステアリングを操作しながらストレートを走り抜ける。

 同時に発進した他二台の車体は遥か後方だ。バックミラーには未だにヘッドライトの気配すらない。徹底したチューンが自慢の走り屋たちは所詮は口だけだったのか。誰もノーマルチューンのこのアルテッツァに追いつけない。余分な装備なんていらないのだ。
 
 いつになれば彼女の前を行く者が現れるのか。最終的に彼女よりも先にテールライトを闇の中に没することができるのか。その答えを出せる者はどこにもいない。誰もそれを予期しない。

 路上のラインが右にカーブを示している。酔いに似た酩酊感が全身を包み込む。視線は回転数からの情報を汲み取り、彼女はイメージになぞってそれを実践していく。クラッチ、シフトダウン、ブレーキ、アクセル、ハンドル、施された機能を駆使し、重力に支配される車体をすぐ先の路上に向かわせる。夕方に降った雨のせいでいつもより長くスリップする。ガードレールの奥は崖だ。だが、もはや事態は理想の計算後の未来へと着実に歩み、そして現実となる。

 最後の直線ではオレンジ色の街灯が立ち並んでいる。前方に小さく見えるのは彼女を待つ仲間だ。あちらにはヘッドライトしか見えておらず、三人の仲間はまだ彼女の車体だと認識していない。立ってこちらを眺めているだけだ。だが道路脇に駐車し、下りれば、いつもの祝福といつもの会話が始まるだろう。そしてまた別日に峠を走る彼女がいる。

更新日:2022-08-21 20:45:46

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