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【第二章】浅草・古着屋のお蘭

 江戸市中でも浅草の歴史は実に古い。特に浅草観音に至っては、その由来を推古天皇の三十六年(六二八)まで、さかのぼることができるというから驚きの他ない。源頼朝等、代々の武家の尊崇もあつく、江戸期以後は盛り場としてにぎわった。
 金龍山浅草寺全図というものがあり、これを見ると江戸期の浅草のにぎわいが伝わってくる。浅草の象徴である雷門が中心に描かれ、手水舎、植木や盆栽などが商われている様が描かれている。そして門前町では浅草餅、羽二重団子、そば屋等が軒を並べているようである。
 浅草のシンボル浅草寺は、檜前浜成・竹成兄弟と土師中知の三人を祀る神社で、地元の人びとは親しみを込めて「三社さま」と呼んでいた。浅草の春を象徴する祭礼「三社祭」は、鎌倉時代の正和元(一三一二)に、神輿を船に載せて隅田川を渡御した船祭を起源とするといわれる。
 日程は四日間。初日は本社神輿御霊入れの儀がおもな行事で、二日目に「びんざさら舞」と呼ばれる田楽が奉納される。三日目に浅草中の神輿が浅草各町を渡御し、最終日には担ぎ手と観衆の熱気に包まれた。
 

更新日:2023-03-03 16:31:43

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