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この時の周恵は、いつか朝廷と幕府のもめ事の元となった紫衣を着ていた。金襴の袈裟、水晶の数珠を手にした細く、透き通るかのような指。まだ十六と幼いが妖しい、そしてどこか奇妙な色気を感じさせる。いやむしろ幼さが、男を誘惑する何かを引きだしていたのかもしれない。
 幕閣の面々が居並ぶ中、
「上様の御成り!」
 という甲高い声がした。
 将軍家光は白書院上段の間に、簾ごしに姿を現わした。それは周恵にとって終生忘れられない光景となった。慶光院は准門跡寺であるため、大名並みに上段の次の間の中ほどに座を与えられていた。
「その方表を上げい!」
「これが天下の将軍様か?」
 周恵が初めて見た将軍家光は、三十六歳と聞いていた年齢よりは、なぜか幼く見えた。次第、次第に家光の顔が興奮で上気するのを、かたわらに控える春日局は見逃さなかった。
「そなた年は幾つになる?」
「十六になりまする」
 将軍の声が上ずっていた。
「その年齢で寺で修行はさぞ厳しかろう。そなたほどの年齢なら、まだ他にやりたいこと望むこと山ほどあろうに……」
「いいえ私どもは、御仏に終生捧げることになんの悔いもござりません。今はただただ天下万民の幸福のため、日々祈るのみでござりまする」
 と周恵は型通りの挨拶をした。もちろんさすがの周恵も、将軍の言葉を深読みすることはまだできない。
「先年はキリシタン共が九州で乱をおこし、鎮圧に大変な犠牲をはらった。やはり我が国の人心のよりどころは、なんといっても仏教でなくてはならぬ」
 ようやく土台が安定したかに思えた徳川幕藩体制を根底から揺さぶった、有名な天草島原の乱は、寛永十五年のことだった。これを機に幕府は、ポルトガル船の来航を禁止し、以後二百年に及ぶ鎖国体制へと移行していくのである。
 謁見は無事終了したかにおもえた。しかしこの時すでに、信じられない事態は進行していた。
 
 周恵と玉それに供の尼僧たちは、その夜遅く、幕府が手配した寺に宿泊した。ところが日付が変わろうかという頃、頭から鉢巻をして、片手に薙刀を持った女たちにより寺は包囲されてしまう。その中心に春日局がいた。
「一体これは何事でござりますか?」
 さすがの周恵も真っ青になった。
「上様が上人様を所望されておりまする。天下の将軍様が是非にとのことなれば、ご名誉なことにござりまする。どうか城にお越しいただきたく参上いたしました」
 春日局は表面は穏やかだが、言葉の端々に将軍家の権威をちらつかせながらいった。玉にも周恵にも、一体何がおこっているのか、まだはっきりと把握できなかった。こうして問答無用で、二人の江戸での生活が始まるわけである。








 

 
 








 

 
 

 



 
 

 

更新日:2022-11-20 23:03:02

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