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 一方、山賊たちに放置された玉と満子は、まだ眠ったままだった。やがて玉が薄目を開くと、そこに青白い顔をした女が立っていた。
「そなたは誰じゃ?」
 玉は思わず問うた。
「我は汝の心に宿る白蛇の化身である。名はナータージャという。残念ながら私の力では都の外に出でて魂を保つことができぬ故、別れをつげるようと思ってな……」
「別れとは……?」
「我はこれ以上汝と共にゆくことはできぬ。なれど恐れることはない。汝は生まれながらに、神仏やこの国の森羅万象をひきつける強い力を宿しておる。汝なら必ず、汝の使命をまっとうすることができるであろう」
「わからん? 私の使命とはいかなるものなのだ?」
 玉はおもわず不思議な顔をした。
「この者を守りとおすこと、それだけじゃ」
 ナータージャは満子の方を指さしていった。
「それだけか?」
 玉は満子に畏敬の念を抱いてはいた。だが自らの生涯が、たったそれだけで終わることには納得がゆかなかった。
「この者には我が姉の魂が宿っている。そしてさる高貴な方に嫁ぐ運命をもった女人であるぞ」
「私は、私はどうなのじゃ? それに高貴な方とは何者?」
「いずれわかることだ。そしてそなたの天命は、この満子なる女人に危険が及べば、自らの命を犠牲にしてでも守りぬくこと以外にない。汝はしょせんこの者の影にすぎないのだ」
 玉は露骨に不服従の表情をうかべる。
「汝がこの満子なる女に抱いている感情、それは一種の恋だ。だがしょせんそれは実らぬものじゃ。やがてそれは嫉妬となり憎悪となる。あれいは満子と汝は敵味方になる時も来るやもしれぬ。その時はあえて道を譲るのだ。それが影の宿命。いらぬ野心を抱けば、神仏も森羅万象も汝に味方しなくなり、そして身の破滅じゃ。そのこと決してわすれるでないぞ」
 ナータージャは消えた。こうして九死に一生をえた玉と満子は再び伊勢までの道中を急ぐこととなる。しかし玉は終生満子の影でしかない自分に、甘んじることはできなかったのである。
 
  
 

更新日:2022-08-29 19:11:43

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