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6 迷い込んだ、シナリオ

 6 迷い込んだ、シナリオ

  其の日の夜、金沢市駅近傍の居酒屋で潮平春泉と七類尚子は、新鮮な海の幸と地酒を楽しんで居た。今日最後に訪れた場所の印象が良く無かったので、余り話したく無かったが、アルコールの勢いに任せて七類尚子が其の事を口にすると
「あの場所の事は、一寸……」
 と言葉を濁す潮平春泉の事を面白がる様に七類尚子が
「せっかく綺麗な皆坏の海と不思議な……」
 と言い掛けた処で
「皆坏海岸に行かれたんですか」
 と追加のお造りを持って来てくれた、少し年輩の女性店員が言った。
「偶然に顔を合わせたと思ったら……二人とも仕事だったんですよ」
 とお酒のせいか陽気に成った七類尚子が脈絡も無く、言うと
「昔、皆坏海岸では、色々有りましたから……」
 と話す其の女性店員の横顔から目を逸らせなく成った潮平春泉が
「差し障り無ければ……」
 と言葉を投げ掛けた。
「昔、皆坏海岸へ釣りに行った義理の父と夫が乗ったゴムボートが遭難しまして……二人は、遺体で発見されました」
 と其の女性店員言った後、続けて
「最初は、義理の弟と三人で行く筈だったんですが、何故か釣りには、二人だけで行ってまして、只、義理の弟の車と同じ車種で色も同じ車が現地で目撃されて居るのですが、警察は、同時に起きた誘拐事件の事で手一杯で、確か身代金の受け渡しで、大混乱だったと聞いてます」
 と言った。
「大変だったんですね……」
 としか言えない潮平春泉に対して
「遺体の捜索とか、費用や、相続の問題とか……」
 と取材対象にマイクを向けるレポーターの様に食いつく、七類尚子の腕を引っ張り話を止めさせ様とした、潮平春泉の気遣いを見越した様に其の女性店員は
「全然平気です……只の愚痴ですけど……警察は、海上保安庁の捜索結果を鵜呑で……釣りに出た二人は、謝ってゴムボートに釣り針で穴を開けて仕舞い、直ぐに陸に戻ろうとしたが、慌てた為か、オールを流して仕舞い動けなく成った処で……急に吹き出した強い陸風に流されたゴムボートは、沖合いで沈没して二人は、溺死したと結論付けられました」
 と言った後、少し間合いを置いて
「しかし……義理の父は、心臓に持病が有ったので、必ず予備の薬を財布に入れてましたが、何故か其の財布が、堤防に沿って延びる道路上に落ちて居た事に今も疑問が残ります……其れと、私達夫婦には、子供が居なかったので……義理の父と夫の死亡時間の前後を特定出来ない事からか、同時死亡の推定と言う規定が適用されて、義理の父と夫の間で相続が発生しなかった為に、義理の父の財産は、義理の弟が全て相続した上……義理の弟は、夫の財産から法定相続分をも……毟り取って行きました」
 と言い掛けた処で、奥からの呼び声に急かされる様に去って行った、其の女性店員が胸に付けて居た名札には「花堂仁映(はなどう きみえ)」と書かれて居たが潮平春泉も七類尚子も其の事に全く気付かなかった。


更新日:2022-06-19 06:37:35

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