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5 後れて来た偶然

 5 後れて来た偶然

 あの日甦った記憶が誰かに誘導され作られた物なのか、自分の中に眠って居た物なのか其れを確かめる為には、写真を撮影した人に直接会って見るしか無いと解って居る筈だったが、何故か気乗りがしない陣代拡音は、取敢ずあの海を眺めて見ようと皆坏海岸の堤防脇に佇んで居た。少し傾いた日差しは、一日の時間が有限で有る事を物語る様に煌めく水面(みなも)に光を投げ掛けて居て……
「やっぱり此処で間違い無いわ……もう少し日差しが傾くと思い描いた通り……ね」
 と呟いた陣代拡音の横を一台の車が通り過ぎて行った。
「綺麗な人……と言う因り、キャリアウーマンって感じ……」
 と小さく呟いた陣代拡音を駐車場に面した……あの建物から見詰めて居た花堂軌甫は、其の姿から目が離せなかった。
 素性も解らない人に行き成り会うなんて……と躊躇して居たが、金沢でアッポルの販売店を経営して居る男性が事情を知って居ると聴き、連絡を取った陣代拡音は、撮影者の事を聞く前に記憶の中の風景を確かめ様と思い、此処に足を運んで居た。
「明日、アッポルショップで10時に会う約束だから今日中に戻らなきゃ」
 と夕日が落ちる瞬間を此処で過ごせない事を、少し悔やむ様な口振りで呟乍バス停に向かって歩き始めた陣代拡音に
「御一人ですか……」
 と話し掛ける男性の姿があった。
「一緒に来た両親は、今トイレに行ってて……」
 と咄嗟に身構え、振り向いた陣代拡音の目に、自分の父親因り少し年上に見える男性の姿が映った。用心深く振る舞う、相手の姿を直接見ない様に、視線をずらし乍
「此の海が綺麗だから、撮影された写真をアーカイブしてるんですよ」
 と花堂軌甫は、怪しまれて居る事を承知の上で、態と素朴な振りをし乍言った。
「此の海の事……此処の写真を……」
 と言い掛けたが、何か嫌な感じがした陣代拡音は……言葉を切った。其の時、自分の事を訪ねて来た女子高生だと、直感した花堂軌甫は、明日会った時偶然を装う為に敢えて目立た無い方が好都合だと思い、軽い会釈だけに留め其の儘立ち去った。何か不自然だけど嫌悪感と言う程でも無いと感じ乍の其の儘、立ち去ろうとして居た陣代拡音の傍に一台の車が止まり
「此処で私位の年齢の女性を見なかった」
 と車から降りて来た七類尚子が、辺りを見回し乍言った。
「え~っと……」
 と言葉に詰まる陣代拡音に向かって
「怪しい者じゃ無い……って言うか……」
 と言い乍、七類尚子は、自分の名刺を陣代拡音に渡した。
「ルポライターって格好良いですね」
 と素直な表情で言葉を返す陣代拡音に
「有難う、忙しい処、悪かったわね」
 と見切りが早い七類尚子が背を向け様とすると
「そう言えば、さっき綺麗な女の人が車で……」
 と陣代拡音が言い掛けた処で
「やっぱり遅かったか……で、どっちの方に」
 と素っ気なく聞き返す七類尚子に陣代拡音は、無言で、お小夜隧道の方を指差した。
「じゃあ……」
 と七類尚子は、短く返しただけで振り向きもせずに、其の場を離れた。
「もう直ぐ愛のりバスの時間だから、バス停に行かないと……」
 と呟いた陣代拡音が時間を気にして居たのは、スクールバスとコミュニティーバスが統合された特殊なバスで、次が最終便だった。観光開発の手が入って無い、所謂過疎地の宿命で、仕方が無かった。


更新日:2022-06-12 04:56:02

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