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2 切り取られた「風景」

 2 切り取られた「風景」

 皆坏海岸(みなづき かいがん)に面した来訪者用駐車場の脇に在る建物が醸し出す雰囲気は、今日並べられた不揃いな野菜達が語り掛ける様な、素朴な佇まいで……フリーの記者、潮平春泉(しおひら はるみ)は、さっき別れた花堂軌甫(はなどう のりとし)との落差に戸惑って居た。
「ここ七捕(しつら)地区は、能登半島最後の秘境と言われますが……何も無いから誰も来ない訳で……」
 と話し始める花堂軌甫の言葉には、ぎらつく様な何かが纏わり憑いて居た。
「御依頼頂いた『お小夜伝説』の事は、一応調べて来ましたが……」
 と話始めた潮平春泉の言葉を遮る様に花堂軌甫は
「御存知の通り此処と富山県の五箇山を繋ぐ伝説に因んだ観光ルートを作れば……と言う話や、此処の美しい海岸線を前面に押し出したプラン等、幾つか考えれますが……」
 と言った処で言葉を切り、何かを催促する様な空気を読んだ潮平春泉が
「蔓延した感染症の影響でリモートが進んだ今、人の移動を前提とした観光プランが描きにくい事は、解ります」
と言葉を添える潮平春泉の対応を待って居た様に花堂軌甫は
「今後、仮想空間と現実を結び付けて其処から収益を上げる様に成る事は、必至ですが、誰もが其の事に気付かない振りをして胡麻化してます」
と言った後、続けて
「其処で心霊関連の特集記事を多数手掛けていらっしゃる潮平さんに、御声掛けさせて頂いた訳なんです」
 と花堂軌甫は、きっぱりと言い切った。
「ですが『お小夜伝説』に関しては、お小夜生誕の地でストーリーの出発点としてアピールする事以外に考えられませんし……樽身(たるみ)集落に伝わる伝説も此処、皆坏海岸に所縁(ゆえん)が在ると言えますけど……」
 と言葉を探す様に繋ぐ潮平春泉に花堂軌甫は
「酷い嵐に合った、ハガセ船(越前船)に行った悪事が神様の怒りに触れて、集落を大津波や地崩れが襲い、村人が行き場を失った処で伝説は、途切れて居ます……が」
 と言った後、間合いを図る様に、外した視線を戻すと
「富山県の五箇山に伝わる民謡のルーツが能登にも在ると語られてまして……流刑地だった五箇山に流された、お小夜が奉公に出された輪島で覚えた民謡を教えたとも伝わって居る事を絡めて……行き場を失った樽身集落の人達が、お小夜を頼って五箇山に移り住んたんじゃ……そんな展開に至る内容を、とにかく皆坏や樽身……七捕地区に興味を持って貰いたいのです」
 と花堂軌甫は、続けて言った。
「でも、此処には、過去に幼女失踪事件と幼女殺害事件だけじゃ無く、幼女営利誘拐殺害事件も有りましたし……私に御依頼頂くのでしたら、凄惨な事件と其れに纏わる心霊現象の方が的を得ていると思うのですが」
 と潮平春泉が言うと花堂軌甫は
「其れでは、観光プランに成りません……血生臭い事件の話因り伝説の方がロマンが有りますから……」
 と此処で不自然に言葉を切った花堂軌甫は
「其れと『東京から来ました……』が口癖の女が此処最近辺りをうろついてまして、集落の人に出会すと見境も無く、あの事件の事を蒸し返す様に嗅ぎまわってまして……」
 と言った処で僅かに開いた話の隙間に飛び込む様に潮平春泉が
「事件は今も未解決なんですか……」
 と言葉を挟んだが、それから一呼吸置いた後、花堂軌甫は
「其の女が言う通り、もう犯人は、死刑に成ってまして……今更冤罪だとか、何の意味が有るのか……さっぱりで」
 と言った花堂軌甫が貰った名刺を潮平春泉に見せると、其処には、以前、他紙の記者でライバルだった七類尚子(しちるい なおこ)の名前が有った。そして視線を上げた潮平春泉の目は、花堂軌甫のメガネに一瞬映った黒い何かを捉えたが、其の時は、気にも留めなかった。

更新日:2022-06-08 07:40:16

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