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サスペンス3 二つの謎
ふと船越は、回想からさめた。
庭の隅に置いた庭園用の石の上に腰を降ろし、空ろな視線を草花に投げている自身を、船越は発見した。
さんさんと注ぐ秋の太陽の光が、やわらかく船越のからだを包み込んでいる。眠気を誘うようないい気分だ。いや、半分は眠りの世界をさまよっていた。十七年前の回想が、あれほど生々しくよみがえっていたのだから。
「まったく、おかしな事件だった」
軽い溜息とともに、船越はつぶやいた。現役中は、数々の難事件を手がけた。ついに未解決に終わったものもある。しかし、そうは言っても、犯人のめどぐらいはついたし、犯行の目的もはっきりしていた。
ところが、中村きみ子の事件だけは例外だった。迷宮いりをした以上、最後まで事件の本質がつかめなかった。
<いったい、何を狙って、きみ子を殺したのだろうか>
それが、いまだに分からない。強盗目的で侵入したものの、被害者に騒がれて、何も盗らずに逃走、というケースはよくある。だが、必要以上に被害者は部屋の防御を固くしていた。怪しい者は絶対に入室できない。
<無理にどこかをこじあけて、侵入した形跡も、まったくなかったし>
そして、死体を外部から運び込んだのではない。これではどう考えても、状況の説明がつかないではないか。
<いまさら、考えてみたところで、どうなるものではないだろう>
草花に採られた庭を見回して、船越は苦笑した。すでに退職した身だ。こうして自然を相手に、のんびり暮らすのが、身分相応というものだ。
そう自分に言い聞かせてみる。しかし、気持ちは納まらない。あれだけ警察が総力をあげて捜査したのに、犯人の片鱗さえうかがえなかったというのは、いかにも悔しい。いくら年月経ってみても、その感情は生き続けている。
<私にとっては、在職中、心残りになったただ一つの事件だからな>
自宅付近で、白骨が発見されたというニュースが、いくらか薄れかけていたその悔しさに、新しい刺激を与えた。白骨は、十六年から十八年前のものらしい。殺人死体の疑いが濃いという。
しかし、事件を掘り返すには、死体の発見があまりにも遅すぎて、もう解決の見込みはなさそうだ。それに、時効も成立するらしい。となると、犯人は安全圏にいて、これから先も、のうのうと暮らせるわけである。
<あの事件が気になっているのも、犯人が罪の償いもしないで、平穏に過ごしているのが、私には腹が立ってならないんだ>
マンションの怪事件と、今度の白骨事件は、犯行のあったのが時間的にも重なるような感じもする。それが、船越の記憶と、ふんぎりのつかない感情に、改めて火をつける結果になった。
更新日:2022-12-04 18:43:04