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それは子宮内膜増殖症

「お待たせしました橘さん。ご主人ですね。矢島と申します」
「どうも」
 穏やかに話す医師に対して、雄一に態度はそっけない。医師の機嫌を損ねるのではないかと加奈子はハラハラした。
「検査の結果ですが、血液検査は特に問題ありません。細胞の方なんですが」
 医師は一度言葉を区切って加奈子を見た。
「やはり異常が見られます」
 覚悟はしていたのであまりショックではない。
「橘さんは子宮内膜増殖症という病気の可能性が高いです」
「それはどんな病気なのですか」
「簡単に言えば、人より子宮内膜が熱くなる病気です。エストロゲンという女性ホルモンが子宮内膜を厚くするのですが、何らかの原因でエストロゲンの分泌もしくはエストロゲンへの感受性が過剰になると、通常よりも子宮内膜が異常に分厚く増殖します」
「それでいつもより出血したのですか?」
 加奈子の問いに、
「相当出血があったようですね。そうです出血量が増えるのがこの病気の特徴です。幸い貧血はありませんでしたね」
 医師はあまり深刻そうではない。
「それで、増殖症だとの確定診断として、子宮内膜全面掻爬を行います。ちょうど病室が空いているので明日、入院してください」
「え! 入院が必要なんですか?」
「はい。手術の前日に入院していただき、子宮口を広げる処置をします。翌日午前中に手術ですね。一泊二日の入院です」
 そんなに急がなければならないのだろうか? ふいに加奈子の不安は増した。
「組織診では駄目なのですか?」
 不安な加奈子に、医師はにこやかな笑顔を崩さぬまま続ける。
「子宮内というのは、膨らませた風船の内部だと思ってください。仮に正面の組織診をしたとしても、右側や、左側に、異常な細胞があれば検査できないわけです。全面掻爬が必要です」
「そうですか」
 加奈子は力なく返事をした。
「手術中ご家族の誰かに付き添っていてもらいたいのですが、大丈夫ですか?」
「俺は無理だ」
 聞く前から雄一が答えた
「今日の半休を取ったんだ。これで明後日も休むなんて、部下に示しがつかない」
「奥様の体のことですよ」
「別に、入院に反対しているわけじゃない。休めないと言っているだけだ。第一いい大人が、付き添いなんて必要ないだろう」
「ただの付き添いではありません。不測の事態に備え身内の方に待機していただく必要があるのです」
「不測の事態?」
「小さいとはいえ手術ですから、何か……例えば、手術機器が子宮壁を突き破るという事がないとは言い切れません」
 さすがに雄一も嫌な顔をする。
「とにかく俺は休めない。おまえの、おふくろにでも頼め。いいな加奈子」
「いえ、ご主人のほうが……」
 言う医師に対して雄一は、
「俺は忙しいんです。あとはこいつと話してください。じゃあな加奈子。俺はもう仕事に戻るからな」
 言って雄一は加奈子を残したまま診察室を出て行った。

更新日:2022-04-04 16:30:00

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