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上方おでんと関東炊き

挿絵 640*427

上方(関西)では、田楽が「お座敷おでん」として客座敷に出されるようになった。それは、おでん種を昆布出汁の中で温めて甘味噌をつけて食べるられた。関西では昆布だしと薄口醤油が料理材料として広まっており、関西風のうどんもそのような薄い色のつゆが今も一般的である。

関東風の醤油味の濃い目の煮汁で煮込む調理法は「関東炊き/関東煮」(かんとだき)と呼ばれ、その後の関東煮は、昆布やクジラ、牛すじなどで出汁をとったり、淡口醤油を用いたりと、関西風のアレンジが加えられていった。これを「関西炊き」と呼ぶ人もいる。

一説には関東煮は当時「改良おでん」とも呼ばれ、東京・本郷の「呑喜」主人が1887年に西洋料理のスープを参考に、汁気のなかった従来のおでんを醤油で味付けしたたっぷりのつゆで煮込んだのが始まりとも言われている。

大正時代の関東大震災(1923年)で大きな被害を受けた震災の復興過程において、関西から関東へ職人の行き来があり、関西風の「関東煮」が関東に逆輸入され、それまで関東では使用されなかった味付けやおでん種が広がる事になった。これにより、現在の東京の老舗おでん店でも関西風の薄味を伝統とする店がある。

更新日:2022-03-06 08:56:32

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