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大金と手切れ金

 露天をいくつか巡り、ラディアンはなにやら買い込んでいる。市場のはなやかな雰囲気に、いつまでも苛ついているのが馬鹿らしく思えてきた。
 そのうちすっかり浮かれまくり、あれこれとねだってラディアンに買ってもらった。彫金の手鏡や、手の込んだ刺繍のサッシュ。ねだる度に嫌みが帰ってきたが、結局買ってくれるのだから、ラディアンってやさしいと思う。
 何件目かで、金入れからじゃらじゃらと無造作に金貨を取り出しているラディアンの手元を覗き込んで、驚きのあまり目を剥いた。
 いったい、いくら持ってるんだろう?
 掴みだした中には、白金貨まである。
 白金貨一枚で金貨何枚分だっけ?
 私は、村の酒場兼食堂で働いていて、一ヶ月に銀貨十枚もらっていた。都会では、食べていくのに足らないかもしれないが、自給自足に近いあの村では充分だった
 確か、銀貨十枚で、金貨一枚。と、すると、金貨十枚で白金貨一枚だろうか?
 どちらにしても、縁のなかった大金。
 考え込んでいると、いきなりラディアンに頬をつつかれた。
「口を開けっぱなしにする癖は直した方がいいぞ。まるっきり馬鹿みたいだ」
 やさしげな表情に胸を突かれた。
 が、何も考えたくなかった。やさしくしてくれる事実だけを見つめていたい。たとえ、その裏に何かがあっても、そんなことどうでもいい。
 そんな思いは毛ほども出さずにラディアンの袖を引いた。
「いったいいくら持ってるの? 白金貨なんて初めて見たわ」
「そうだな……あの家を家具調度召使い付きで買って、一生遊んで暮らしても余るぐらい持ってる」
 と、ラディアンが指差したのは、部屋数が幾つ有るのか想像もつかないほどの広大な屋敷。当然広々とした庭園が付いている。
 この街をあずかる執政官の屋敷だと、後になって聞かされた。
「そんなに持ってるなら、旅なんてしないでどこかに家でも買って遊んで暮らせば?」
「それほど大袈裟に驚く金額じゃないだろう? 魔道士なんてやっていれば、嫌でも儲かるんだ。もっとも、出ていく金額も多いが」
 驚く金額じゃない、なんて……。
 ラディアンが貴族の出だという事を痛感させられた。
 金銭感覚がまったく違う。
「遊んで暮らすのは、結構退屈だと思うぜ。レジェはどう思う? 欲しいなら買ってやろうか?」
 林檎の一つでも買うような、無造作な言い方。
 本気だろうか?
 ラディアンと別れるときに手切れ金代わりに買って貰って一人で住むのもいいかも……。
「それじゃラディアンが困るでしょう?」
「困る訳じゃ……」
 屋敷に目をやりながら、ラディアンが口ごもる。彼がこんな曖昧な態度をとるのは珍しい。
「はっきり言ったら? 言いよどんでるなんて、男らしくないわよ」
 からかうと、
「昨夜、言ったよ! レジェが忘れているだけだ!」
 険悪な目つきで私を一睨みし、ラディアンはさっさと歩いていってしまった。
 昨夜、何を話したのだろう?
 まったく覚えていない。
 何かとんでもない話をしたんだろうか? 手切れ金についてとか?
 自分が口にしたことはともかく、ラディアンに言われたことだけでも思い出したいな。

更新日:2022-03-04 14:01:58

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