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夢遊病で覚えてないの

そんな思いは心の底に沈めて、何て謝るか言葉を探した。
「あ、あの……」
 言いかけて、妙な雰囲気に辺りを見ると、道行く人が私たちを取り囲んでいる。
 しまった!
 街中を駆けめぐる噂がなくても、美形のラディアンと異形の私は人目を引くことをすっかり忘れていた。
 見られるのは平気だけど、さらし者になるのは真っ平!
 愉しげに私を見下ろすラディアンの腕を掴んで、狭い路地へと引きずり込み、彼の頬に触れた。
「あの……今朝はごめんなさい。痛かったでしょう?」
「別に。そんな細い腕で叩かれたって大して痛くないさ」
 ラディアンがその手を掴む。
 嘘つき。
 男の人って変なところで見栄っ張りだね。
「どうしてあんなに驚いたんだ?」
「あ、あの……その……ごめんなさい! ラディアンが勝手に寝台に入ってきたと思ったの。それで……叩いたの……」
「それじゃ何か、俺が寝込みを襲ったと思ったのか? 泣きながら頼むから仕方なく一緒に……」
 心外そうな顔で私の手を撫で回していたラディアンの動きが、ぴたりと止まった。
「……レジェ、まさかと思うが覚えてないのか?」
「ごめんなさい! 私、夢遊病の気があるのか、時々こんな事があって……。本当にごめんなさい」
 怒り出すと思ったのに、ラディアンは急に真剣な表情で私を見つめる。
「他のことも覚えてないのか?」
「何? 他にも何か言った? 酷いこと言ったのなら謝るわ。ごめんなさい」
「そうか……。ふーん。覚えてないのか」
 私の手を離したラディアンが、にんまりと笑った。本職の悪魔も裸足で逃げ出すような、邪悪な笑顔。
「いろいろ喋ってたけど、覚えてないのか。そうか……。まあ覚えてたら、恥ずかしくて一緒にいたくない、って言い出すかもな」
「ねぇ、意地悪しないで教えて。何を言ったの。何か、とんでもない事を言ったの。教えて!」
 懇願など聞いてくれるはずもなく、ラディアンはただにやにやと笑みを浮かべている。
 とんでもない弱みを握られてしまった気がした。「覚えてない」なんて言わないほうがよかったかもしれない。動揺してつい叩いてしまった事にしておけばよかったかも。
「あーあ。思い出したら急に頬が痛いぜ。馬鹿力のレジェに、手加減しないで殴られたからな」
「ちょっと、さっきは痛くないって言ったじゃない!」
「頼み事を訊いてやった俺を、力いっぱい殴るとは……おまえ本当に酷い女だな」
 ラディアンは、私の言うことなど無視して、さも痛そうに頬を押さえている。
 口惜しいー!
「ラディアンって結構陰険なのね。言いたいことがあるなら、はっきり言えばいいじゃない」
 怒鳴ると、彼は掌を上にして差し出した。
「治療費と慰謝料」
 …………。
「……分かったわ。夕食一回おごるから、それで許して」
「そんなんじゃ不満だが、それくらいで我慢しとくか。あんまり請求しても払えないだろうからな」
 不満なのは私よー。
 言いたい気もするけど、言ったら余計に話しがややこしくなりそうで、唇を噛んで我慢した。
 どことなく胃が痛くなってきたような。
 おかしいなぁ。
 何だか最初の印象と違う気がする。
 ラディアンって常に冷静で、感情を表に出さない人だと思ったのに……。
 これではまるっきり子供みたい。
 聞こえるように、わざと大袈裟にため息をついた。

更新日:2022-03-03 14:52:26

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