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猫パンチ炸裂

「で、結局何しに来たんですか? いい加減に話して下さい」
 手近な食堂に入り、遅い昼食とも、早い夕食とも言える食事を終えて、ラディアンが口を開いた。
 テーブルの上には、お茶とターラ様が乗っている。
 普通、こういう食堂に動物を連れて入ると見咎められるが、ラディアンが「使い魔だから」と言うと、店員も、その場にいた客も納得した。
 皆、驚くほど魔法になじんでいる。
 この食堂の天井付近で輝いているのも、魔法の灯り。
 私が知らないだけだろうか?
 だとしたら、何となく口惜しい。
『忘れた訳じゃないでしょうね? 儀式に参加する約束を。そうでなくても、おまえはここ数年奉仕の義務を怠っているのですからね。軽く見積もっても、一年は学院で講師をしてもらわないとならないのよ。それを魔法儀式一度で許してやろうとしたら無断で逃げ出して……。大人しく言うことを聞かないと強硬手段にでるわよ』
「望むところだ。除籍にするなり魔道士資格を剥奪するなり、勝手にし……」
 ラディアンの悪態が終わらぬうちに、使い魔の猫パンチが炸裂した。ぷにぷにしているであろう猫の肉球が彼に触れた瞬間、冗談みたいにラディアンは壁際まで吹っ飛ばされた。背中から壁に激突するラディアン。
 思わず立ち上がったものの、彼に駆け寄るべきか一瞬悩む。
「分かりました。何をすればいいんですか?」
 躊躇している間にラディアンは頭をふりふり起きあがった。その表情は苦痛にゆがんでいるが口調はいつものもの。
 何事もなかったように椅子に座るラディアン。彼に肩を叩かれて私も腰を下ろした。
 何もできなかった自分にちょっとだけ嫌悪を感じながら。
「なんで俺は女運が悪いんだ」
ラディアンがぼやく。
「なによ、私のこと?」
私でなければターラ様の事。
「申し訳ありません」
 テーブルに手をついて大仰に謝る彼の姿は、年齢より若く見える。
 あれ?
 ラディアンの年齢を訊いたことがあったっけ?
 二十六~七才に見えるけれど、見た目は当てにならないからなぁ。
『とにかく一度王都に戻りなさい。話はそれから』
「嫌です。絶対に戻りません」
『レイジェラーンのことなら心配しなくても、この街の学院であずかってもらえばいいわ。護衛もつけて』
 ターラ様の口調が、探るような厳しい物に変わった気がする。
「誰に何を言われようと、レジェと離れるつもりはありません」
『処罰される覚悟はあるの? 魔道士を続けられなくなるのよ。何故そんなに焦って事を運ぼうとするの? レイジェラーンのことなら私が責任を持ってあずかるから、一度王都に帰ってきなさい』
 冷たく輝く瞳は、すでに猫の目ではなかった。底光りするその瞳を、ラディアンは真っ正面から見据えた。彼の目つきもかなり厳しくなって、見られたくないと思ってしまうほど。
「嫌です」
 ターラ様の言葉を、彼は即座にきっぱりと斬り捨てた。
『ラディアン。おまえを失いたくないのよ。冷静に考えなさい。ここで我を張っていないで、一旦レイジェラーンと別れて少し時間をおくの。その間に、彼女をプロディア卿の養女にでもしてしまえば、おまえたちの結婚はどこからも文句はでないわ』
「時間をおいている間に、突然の事故か急な病で、レジェは死ぬんでしょうね」
 隣に座るラディアンが私の肩を掴んだ。
 あまりの痛みに、骨を砕かれたのかと錯覚しそうになる。
 ラディアンが私と違う世界に住んでいることは理解していた。でも、それが、こんなに恐ろしいところだなんて想像もしていなかった。
 邪魔者は殺す。
 信じがたいが、ラディアンの危惧は本物。彼の口調に嘘はない。
 

更新日:2022-03-07 15:28:31

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