• 10 / 53 ページ

迷子と雄猫

 自分が口にしたことはともかく、ラディアンに言われたことだけでも思い出したいな。
 あれ?
 いつの間にか、人混みに紛れてラディアンが見えなくなっていた。きょろきょろと見回すが、どこにも彼の姿がない。
 どうしよう。
 こんな所ではぐれるなんて。
 ここにいるべきか、一瞬迷ったが、宿に戻ることにした。一歩踏みだそうとして、来た道順など覚えていないことに気づいた。
 仕方ない、誰かに訊いて……。
 ?
 なんて名前の宿に泊まってたっけ?
 これほど大きな街だから、宿が一軒しかないって事は有り得ないだろう。わりと高級な宿だったから、あるいは知っているかもしれないが……無理だろうな。
 ラディアンが戻ってくるのを待つしかないか。
 少しでも人目に付かないようにと、街路樹に寄りかかった。先に木の根元に座っていた人に軽く会釈する。その人は一瞬目を丸くしたが、すぐに、にこやかな笑顔を返してくれた。
 そうだよ。
 私を見て最初は驚くけど、そのまま嫌悪したり、化け物扱いする人の方が少ないってつい最近気づいた。ここに座っている人みたいに、気にしないでくれる。
 意識してないけれど緊張しているのかもしれない。昨日から、些細なことが妙に苛つくもの。
 それに拍車をかけるのが、ラディアンの意地悪なんだけど。
 イライラと指先を咬んでいると、ふくらはぎにフカフカした物が押しつけられた。
「可愛い。どこから来たの?」
 見ると、茶トラの猫が、スカートに顔を突っ込んで足にじゃれついている。
「こら、覗き込まないでよ! 雄かな?」
 疲れていたこともあって、街路樹の根元に座り、猫を抱き上げた。
「人も猫も、男はみんな同じね。女好きってところが。猫ちゃん、あなたもラディアンと同じで、私なんかよりもっと美人が好きなのかしら?」
 腕の中で、大人しく喉をゴロゴロ鳴らしていた猫は、私の言葉に抗議するように、ニャーオと鳴いた。
「話が分かるの? おもしろい猫ね」
 暇つぶしに最適の話し相手を見つけちゃった。何を言っても言い返さないから、安心して愚痴がこぼせる。
「見かけがちょっと変わっているくらいで、化け物扱いするのは止めて欲しいよね。それが普通なんだけど。でもね、ラディアンはきれいな髪だって言ってくれたのよ。本当に嬉しくて、この人とずっと一緒にいたい、そう思ったの。でも……」
 時折、見計らったように鳴く猫にのせられて、必要以上に饒舌になっていた。
 どうしようもなく育っていく彼への想い。そこまでの想いを抱きながら、伝えられない苛立ち。
「そんなこと今更言っても、きっと笑い飛ばされちゃう。冗談だと思われるだけ。嫌がられるよりはましだけど、冗談だと思われるのもつらいな」
 不意に、猫が鋭く鳴いた。
 一つのことに夢中になると、まわりの状況が見えなくなるのが私の癖。
 猫が鳴かなければ、真後ろに立っていたラディアンに気づくことなく話し続けていただろう。
「ラディアン! どこ行ってたの? 酷いじゃない」
 言ってから後悔した。置いて行かれたけど、はぐれたとも言えるのだから、彼のせいにしてはいけない。
「誰と話していたんだ、レジェ? 声が聞こえたが?」
 チラリと見回したラディアンの苛烈な視線に、周りにいた人が一斉に目を伏せた。

更新日:2022-03-05 13:08:06

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook