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練習風景 その2

 第二教室の入り口で8年のボスと会話したことを、レミはトムや他の仲間には話さなかった。
 今は創立祭の準備で、ただでさえ忙しい時期だった。委員長などに話すと心配されるのは確実で、誰にも余計な負担をかけたくなかったのだ。
 それにまだ相手の出方がよくわからなかったため、はっきりした動きをしてくるまではそのままにしておこう‥と思った。








 シェイクスピア劇の稽古の方は、順調に進んでいた。
 週末には本番さながらに衣装を着てやっていて、皆かなり自分の役どころの準備を進めることが出来た。
 後ろでは大道具担当の生徒が声を出して背景の位置を確認したり、トンカンと大工仕事をしていて結構うるさかった。
 しかし練習風景そのものは、まるで舞台で本番を見ているような臨場感があった。
 それは初めての劇ながら、役者たちが手探りでだんだん役をつかめていったことと、演じるのに恥ずかしさを忘れていったことが原因だった。



 最初はやる気のなかったレミも、この頃では反抗的な態度を見せることはなくなっていた。
 トムに活を入れられて心を入れ替えたのか、それともドニファンに文句を言われて逆にやる気になったのかわからなかったが、ちゃんと練習に本腰を入れ出した。
 もしかしたら8年生が「レミを下ろせ」と言ってくるかもしれないのを見越して、それまで頑張ればいいだけなら気が楽だ‥と思ったのかもしれなかった。

 とにかくやる気になって始めたら、演技が面白くなったようだった。
 レミは歌や踊りもそうだったが、基本的に演劇の才能があった。人に見せたり聞かせたりするやり方や、どうすれば人を引き付けて楽しませられるかがわかっていた。
 そんな彼にひきずられて、他の者も演技を上達させていった。
 それはただの素人がやる棒読みセリフや、面白味のない演技とは全く違っていた。
 役に合わせた感情の出し方や、舞台の空間を十二分に使った動き方、観客が聞き取りやすい声の出し方、セリフや動きを効果的に見せる間の取り方などを、知らず知らずに上達させていったのだ。
 それで彼らの練習風景はまだ稽古段階とはいえ、この時点ですでに十分見ごたえのあるショーになっていた。




 いつしか他学年の生徒たちは、思わず引き込まれてストーリーに入り込んで見るようになった。
 最初はレミやフィリップのファンが来て騒ぐだけだったのが、週末の娯楽を十二分に堪能するために見に来る者が増えた。
 バーミンガムやロンドンなど大都市の劇場に行かなくても、4年のハムレットの劇の練習を見ているだけで楽しかったのだ。劇のワンシーンながらも物語に入り込んで観賞して、みな満足して帰っていった。
 演じているのは素人の学生だったし、それを監督しているのも同じ年齢の素人だった。しかし彼らのエンターテナーとしての素質や、劇に対する熱心さ、成功させようとする真摯な気持ちが、見る者の心を動かすのだった。












 そんなふうに4年の演じる劇は、主人公のハムレット役やきれいどころの女役だけでなく、他の役者や端役に至るまで、すべてがいい味を出していて見ごたえがあった。


 たとえばカールなどは悪人のクローディアス役で、クライマックスにはフィリップと対決する副主人公のような存在だった。

 しかし本人は望んでその役になった訳ではなく、やる気も始めから無かった。ただ彼の大柄な見た目から、迫力ある大人の悪役が出来る‥と、準備委員が予想して決めたのだった。
 最初の頃、彼は王妃役のキャクタスの色気にうろたえたり、セリフを噛んでばかりいた。記憶力が悪く、うっかりしがちな性格なので、“本当に大役が務まるのか?”と本人も周りも不安でいっぱいだった。
 今でも相変わらず意味もなく赤面しながら演技していたのだが、それなりに悪役としての存在感が出始めてきた。
 何のかんのいってその体格で抜擢されただけあって、彼が王の格好をして派手な動きをすれば、それだけで人の目を引いた。
 多少ろれつが回らなかったり、セリフを噛んだり、言葉の一部を忘れて抜かしてしまうことがあっても、そこにいる存在感だけで何とかなるのは彼の強みだった。
 敵役といっても、カールは元々が少し抜け目のある憎めないキャラクターだった。
 それで凛々しくはあるが真面目一徹な主人公のフィリップとは、いい意味で対極にあった。そのお互いの存在で、全体のバランスが取れている形だった。


 一時はどうなることかと気をもんで配役変更まで考えた実行委員だったが、最近ではやはりカールで行こうと決めたようだった。
 一々変更している余裕はなかったし、本人の演技がようやく板についてきたという理由もあった。
 さらにこの頃では、「クローディアス役の元々の候補だったトムやネイサンより、結局はカールで良かったのではないか‥」という結論にまで至っていた。

更新日:2022-10-11 15:22:02

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