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失踪事件

 創立祭の準備が本格的に始まったある日、委員長はフィリップのお見舞いに3C部屋に来ていた。
 窓際のベッドサイドの椅子に座る相手の横で、彼は立ち話を始めた。

 今ではフィリップの足の腫れは引いたようだったが、まだ痛みは少しあるらしかった。
 その足首からふくらはぎの辺りまで、サポーターも兼ねて包帯が巻かれていた。
 本人は早く治そうと無理して歩いたりするので、ふくらはぎ全体が筋肉痛のようになっていた。それで上の方まで湿布が貼られ、包帯で留められていたのだ。


 そんな彼の足を見ながら、ブルーテルは状態を尋ねた。
 「で、足の方はどうだい?」
 フィリップは自分のベッドの近くに座り、片足を少し上げてその部分を委員長に見せた。
 「うん。昨日、試しにちょっと走ってみたんだ。そしたら痛みはだいぶ引いてた」


 今はまだ放課後の時間帯で日も暮れていなかったが、フィリップはすでに寝間着姿だった。
 丈の長い寝間着の上衣だけを着て、ズボンははいていなかった。包帯の上にズボンをはくと動きづらかったため、部屋ではそうして上衣だけの姿でいることが多かった。
 まだ夜も更けていないので寒くもなく、暖かい日はそのままの格好で寝たりしていた。


 フィリップは怪我をしてからは当番などを代わってもらっていて、特に放課後は早めに部屋へ帰る事が多くなった。
 動ける同級生が当番をするので、お礼に部屋で宿題係をやっていたのだ。クラス全員の分を押しつけられることもあったが、どのみち夜まで暇なので何かやることが欲しかった。
 足を折ったりした重症患者ではなかったが、食事も早い時間に取るのを許可され、後輩と同じ時間帯に食堂へ行ったりした。
 そんなふうに出来るだけ安静にして、早くねんざを治すことに集中していた。







 そんな彼のところに、実行委員の責任者のブルーテルが訪ねてきたのだ。劇の台本が完成したため、それを届けに来たのだった。
 委員長は主役の彼の回復状況を見て、今後のスケジュールを本格的に決めようとしていた。同時に今の準備の進行具合を話し、部屋にカンヅメになっている相手の気分転換をしてあげていた。


 事前に配役表や予定表などを渡してあったので、フィリップはそれを持ち上げてみせ、「読んだよ」と言った。

 彼は主役をやることに拒否感はなく、すぐに配役を承諾した。
 目立つのが好きというわけではなかったが、自分が嫌がると話が決まらず、準備がさらに遅れてしまうと考えたのだ。委員長やクラスの皆のことを考えて、自分が主役でいいのなら、その役を果たそう‥と思った。
 それにヒロインがレミになると知り、少し楽しみでもあった。
 彼も他の生徒と同じように、レミの変身姿を見たいと思っていた。それが今後は目の前で見られるとあれば、主役でいるのが一番オイシイ立ち位置だとわかった。



 フィリップは笑顔で人差し指をあげ、配役表に書かれていた名前を唱えた。
 「僕の父王がトムで、母のお妃がサボテンで、オフィーリアがレミ、叔父のグロージアスはカール、ホレイショはクリン、レヤチーズはアンドリュー、ポローニアスはジョージ、船乗りがアーミスト、ノルウェーの王子がネイサン───だったね。他の役は?」
 「セドルは1人で大勢やってもらうことになる。いい役がもらえなくて不満そうだったから、代わりに使節や伝令や兵士なんかをやってもらう。どの幕にも出られるよって言ったら、それで納得してた。コルは逆に出るのを嫌がってたけど、セリフの少ない知人役や臣下役で、こちらも一杯出ることになりそうだ」
 「ジミイとスミスは女役って聞いたけど」
 「うん。彼らも何役もやってもうう。宮廷の貴婦人とか侍女とか、ドレスを変えながらずっと出ずっぱりだ。女役のドレスって、最初の着つけが大変だろ?だから上の服とカツラだけ変えればいいように、衣装係の先輩たちが工夫してくれるって」
 「へー、セリフ覚えはしなくていいけど、それもまた大変だね。君は?」
 「僕は友人その1だ。船に乗ってハムレットを殺そうとするけど、逆に殺される役。前半の方に出るだけだから、監督でも出来るんじゃない?って言われてさ」
 「その2もいるのかい?それってローゼンクランツ、ギルデンスターンの役だろ?ハムレットの幼なじみだ」
 原作をちゃんと読んだらしく、フィリップは名前を挙げてそう聞いた。
 「そう。彼らのシーンはそれほど多くしてない。だからもう1人の友人はコーリィがやる。3年はくじ引きして、配役をコーリィとライルに決めたらしい。その他大勢の役で、他の3年もいっぱい出てくれるけど」
 「カイルは何の役?王妃がいいって言ったんだろ、あいつ」
 にぎやかし達が以前、そう噂していたのをフィリップは聞いたのだ。

更新日:2022-07-05 13:20:01

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